避難所の運営、後押し/災害復興支援コーディネーターサークル発起人・田中可亮さん

 ―災害復興支援コーディネーターサークルの役割と活動のきっかけは。
 
<救援物資調達も>
 「避難所の多賀城市文化センターで、避難所運営の補助や館内にいるボランティアの手助けをしている。具体的には避難者の要望を避難所の責任者に伝えたり、来館者を案内したりしている。市の委託を受け、救援物資の調達も行う」
 「震災直後は携帯電話やパソコンの会員制交流サイトで、テレビやインターネットで入手した被災地の情報を提供していた。さまざまな被災地の状況を知るにつれ、1995年の阪神大震災で救援物資の管理などに取り組んだボランティアの経験を生かしたいと思うようになった」
 ―多賀城市を活動拠点にした理由は。
 「ボランティアに専念するため大阪での仕事に区切りをつけた3月下旬、県外からのボランティアを受け入れていた自治体だったためだ。最初は1人で始めた。民家のがれき撤去をしながら避難所運営を手伝ってきた。避難所の一角で宿泊しながら活動を続け、現在は東京から来ている社会人2人もメンバーになっている」
 ―常駐する市文化センターでは子どもの学習室設置の後押しや、避難所運営を協力している。

<学習室を設ける>
 「避難している家族から『子どもがじっくり勉強する場がない』との要望を受けて、避難所責任者と話し合い、ガラス張りのセンター西口玄関の一角を学習室にした。避難者にとって一層安心できる避難所にするため、館内のボランティアを組織化し、誰がどんな活動をしているのかを顔写真付きで紹介したパネルを設けた」
 「4月7日深夜の大きな余震は驚いた。センターは固い地盤の上に建っていると聞いていたが揺れは大きかった。当日は、帰宅していた避難所の責任者が避難所に到着するまでの約30分間、避難所の運営を臨時で指揮した。警備員2人に屋内と屋外の巡回をお願いしたほか、家にいた近隣住民らも避難してきたので、玄関を開けて館内を開放した」
 ―ボランティア活動を通して感じることは。
 「阪神大震災が発生したとき、高校3年生だった。その時も2カ月間、ボランティア活動をした。避難者の関心が生命維持から生活維持、生活の質の向上へと変わっていく様子を見てきた。東日本大震災の被災地でも、同じだと思う」
 ―サークルとして、どんな支援を続けていく考えか。

<NPO化も視野>
 「現在は避難所運営の補助がメーンだが、これからは仮設住宅や在宅の被災者が求める物資を届けたり、被災地で同じ志を持つボランティアと連携を深めたりして、広く活動を展開していきたい。長期的な支援を継続するため、サークルのNPO法人化も視野に入れている」
(聞き手は加藤伸一)

<たなか・かりょう>大阪府貝塚市出身。府立天王寺高卒。IT企業などの情報処理技術者を経て、関西地方で広告会社を起業。現在はボランティアに専念する。


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