来日直前のポール・マッカートニー ここなら本人に会えるかも!?

トリビア満載! 過去6回の日本公演を振り返る
ポール・マッカートニーが最新のワールド・ツアー、その名も「フレッシュン・アップ・ツアー」をスタートさせる。カナダに次いで2ヵ国目に選ばれた国が日本。10月31日より、日本と名古屋で公演を行う予定だ。

日本のファンは、長年に渡ってポールを応援し、精緻な研究を高い水準で行なってきて、ポールもそれを知っている。ポールがいかに日本のファンを大切にしているかは、日本盤のみにボーナストラックが入っているアルバムがいくつも存在し、世界のファンがうらやんでいることからも証明できる。

そんな日本贔屓のポール。単独での来日公演は今回で6回目だ。そこでこれまでのポールの来日を振り返ってみたいと思う。

単独での初めての来日は1990年(1回目)。アルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』を引っさげての「ザ・ポール・マッカートニー・ワールド・ツアー」としての来日だった。

ご本尊降臨に世界中が沸いた。ジョン・レノンが1980年に射殺されて以来、どのビートルも人前に出なくなっていたからだ。日本人にとっては1966年の「ビートルズとしての来日」以来24年ぶりだったから、それはもう大変な盛り上がりだった。

このときのワールド・ツアーでポールは自分の影響力を世の中のために使おうと、環境保護の大切さを訴えていた。まるで地球からジョンがいなくなった穴を自分なりに埋めようとしているようだった。

この公演では『レット・イット・ビー』を歌う前に、日本語で「チキュウヲ、マモロウ!」と呼びかけ、文京区の真砂小学校(現・本郷小学校)で植樹も行なった。あれから28年、その木は今や大きく伸び、生徒たちには「ポールの木」として親しまれている。

2度目の来日は1993年(2回目)。新作アルバム『オフ・ザ・グラウンド』のタイミングで、「ポール・マッカートニー・ザ・ニュー・ワールド・ツアー」と銘打たれたものだった。

東京以外に、初の福岡公演が行われたことで、オフには大相撲九州場所を観覧した。このときの体験が、ポールの相撲好き、そして今回の両国国技館公演にまで連なっていくわけだ。東京での滞在中、千駄ヶ谷のヴェジタリアン・レストランで食事をとったことも判明している。吉祥寺の井の頭公園も散策した。

このときは、まだネット時代ではなかったため、井の頭公園散策の事実は、後になって警備会社の密着取材ドキュメンタリー『追って!GABURI』という番組で知ることとなる。多くのファンが「そんな身近なところにポールが来ていたなんて」と驚いたものだ。

そこから9年のブランクが空いた2002年(3回目)。新作アルバム『ドライヴィング・レイン』と連動したワールド・ツアーの一環で「ドライヴィング・ジャパン・ツアー」が実現した。

ちなみに初の大阪公演で最初に発した挨拶は「モウカリマッカ?」だった。会場はやんやの拍手、翌日のスポーツ紙が一面トップで「もうかりマッカートニー」という大見出しをつけていたのを覚えている。

オフでは、金閣寺の中を住職に案内され、僧侶が読経の際に打つ鐘=「磬子(けいす)」を棒=「倍(ばい)」で叩かせてもらっている。宿泊は、純日本風の料理旅館『吉かわ』。バンド・メンバーやスタッフたちと芸者のお酌で宴を楽しんでいる。泊まった部屋は、2階の「庭に面した一番広い部屋」。一泊した翌日は夫人と市内をサイクリングし京都御所で休憩し、本人が関係者に語ったところでは「途中どこかで蕎麦も食べた」ようだ。

東京のオフには高尾山にも行っている。ケーブルカーに乗り、まずは「権現茶屋」という店に入り東京を一望したものの特に注文はせずに出て、「もみじや」という茶屋で食事をした。山頂のレストランが予約されていたようだが、いかにも日本の茶屋という風情のもみじやをポールが見て、「ここにしようよ」となったそうだ。食べたものは、冷奴とかき揚げそばだった。

4回目の来日中、スモウを観戦する姿をテレビで抜かれる
次は2013年(4回目)。11年のブランクが空いた。「アウト・ゼアー・ツアー」というタイトルで、大変な会心作『NEW』が発売されてから最初の訪問地として日本が選ばれた。

大阪・福岡・東京の順で開催されたため、ポールは初めて関西空港から日本入りした。また福岡へは公演前日に新幹線で移動し、到着後そのまま福岡国際センターに直行、大相撲九州場所を、幕下力士の取組から観覧している。

実はこの時、NHKの大相撲生中継で、ポールの升席がアップで映され、アナウンサーがポールの観覧を何度となく紹介した。ポールは弓取り式まで見て、周囲の年配客の握手に応じながら会場を後にし、観客席からは自然発生的にポール・コールが起きた。

ポールは相撲をいたく楽しんだようで、翌日のサウンドチェックのステージでは、一瞬だけ四股を踏んで見せた。福岡のサウンドチェック観覧者のみが見られた「ポールと日本の伝統文化が接点を持ったレアな光景」だった。

四股だけではない。ポールはこのとき懸賞旗のシステムにも興味を持ち、いろいろと関係者に尋ねたようだ。その結果、離日した後ではあったが12日目・13日目・千秋楽の結びの一番に、懸賞旗各5本(計15本)を出した。懸賞金は1本6万円。懸賞旗に書かれた文字「ポール・マッカートニーNEW発売中」が場内アナウンスで読み上げられとき、満場の拍手が起きたという。

2014年、前回からわずか半年後に同じ「アウト・ゼアー・ツアー」で来日した。このときの呼び物は、国立競技場・ヤンマースタジアム長居という野外公演、そしてビートルズ以来初の日本武道館公演だったが、入国直後に体調不良となり、結果的に全公演中止となってしまった。

リベンジ公演は翌2015年にすぐ行なわれた(5回目)。同じ「アウト・ゼアー・ツアー」ではあったが、この2年間、世界各国を回る間にいくつかリニューアルがなされていた。関空に降り立ち、大阪・東京の2ヵ所でドーム公演をこなし、ついに武道館公演も実現させた。

チケット価格はSS席10万円、S席8万円、A席6万円、最も安いB席でも4万円となってしまった。同年のドーム公演S席の1万8000円と比べても、どれだけ高額だったかが分かる。関係者筋の話によると「会場キャパが東京ドームの5分の1だが、ポールに払う1回のギャラは同じ」なので、こういう価格設定になったようだ。

しかし、そんな高値だったのにも関わらず、チケットは即時ソールド・アウト。かくして当日の武道館は「全員、マニア」という凄い様相を呈した。開演前に何度も自然発生したウェーブ、あの一体感と熱気は後にも先にもないものであった。ポールもそれに答えるように「セカイハツコウカイ」の「アナザー・ガール」を演奏してくれた。

2017年、「ワン・オン・ワン・ツアー」での来日(6回目)。タイトルも選曲もまったく新たなツアーだった。このときポールは、カリフォルニアからプライベートジェット機「FA7X」で羽田空港に降り立っている。ビートルズ以来初の羽田空港に降り立ったとき、ポールもある種の感慨を抱いたのではなかろうか。

ポールは、近年の来日公演で毎回「コンカイモ ニホンゴ ガンバリマス」と宣言し、いろんな日本語をMCで披露してくれている。この公演での見どころは、初めて日本語発音で「ザ・ビィトルズウ」と何度も発してくれたことだ。

この来日が、いつもと異なった点がもうひとつある。最終公演を終えた深夜、チャーター機ですぐに日本を発ったのだ。時あたかも北朝鮮のミサイルが日本に照準を合わせていると世界的に報道されていた時期だった。急きょ来日を中止したアーティストもいたほどだったのに、よくぞポールは来日してくれたものだ。

以上が、これまでのポール来日公演の概括である。今回は「初登場全米1位」の新作アルバムを引っさげた、その名も「フレッシュン・アップ(フレッシュに一新された)・ツアー」での来日である。両国国技館での公演もサプライズ発表された。武道館よりさらに親密な空間で生ポールを見られるのだ。

東京以外の開催地でいえば、大阪でも福岡でもなく、初の名古屋公演ということに注目したい。名古屋での第一声は、きっと名古屋弁で沸かせてくれるだろう。

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