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zoom RSS 「危機管理」という概念を定着させた〜佐々淳行氏死去

<<   作成日時 : 2018/10/14 07:10   >>

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10月11日、参議院議員・青山繁晴がニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。10日に亡くなった佐々淳行氏について解説した。

初代内閣安全保障室長・佐々淳行氏死去
菅官房長官は会見で、初代内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏の死去について、「世間の耳目を集めた警備事案で陣頭指揮を執られ、危機管理という言葉が多くの国民に知られるようになったのは佐々さんのご功績だった」と弔意を示した。

飯田)東大安田講堂占拠の事件や、あさま山荘事件で陣頭指揮を執られたことでもよく知られた方でした。

青山)僭越ながら専門分野が一部重なっていたこともあって、20年以上、長いことお付き合いいただきました。

飯田)佐々さんは中曽根内閣時代の初代内閣安全保障室長でした。青山さんは中曽根さんの総理番をされていましたよね?

青山)そうです。当時、佐々さんのご自宅が多摩地区にあって、いきなり夜回りをやって、生け垣をかき分けて玄関にたどり着いたらエライ怒られました。「君ね、普通はまず昼間に挨拶に来てから夜回りに来るんだよ」と言われたのですが、なかなかインテリジェンスの分野の人って、昼間会えないのですよ。いきなり最初から玄関先で言い合いになりました。

飯田)「そんなこと言っても昼間いないじゃないですか」って。

青山)「国民の知る権利を代表して来ているんだから、答えるのに昼も夜もありません」「何だ君は、生意気な」という掛け合いになりました。それが出会いでしたが、本当に親しくなりました。僭越な言い方かもしれませんが、佐々さんは「『危機管理』というのは俺が広めた言葉だと言われているけれど、そうじゃないよ。俺が作ったんだ」とよくおっしゃっていました。
実際の佐々さんは危機管理のプロ中のプロ、世界にも知られたプロですが、すごく明るい、いい意味でちょっと子供みたいなところがありました。僕は「クライシスマネジメントという英語があって翻訳しただけじゃないですか」と言うと、違う! と。いろいろな訳し方があるはずで、危機管理という、いかにも誰にでも分かる言葉を作ったんだと言う主張は、概念も含めて確かにその通りだと思いました。
あとは、国士でした。祖国を思うという意味で。警察官になられたわけですが、その動機も常に中立の立場から国を守りたいという信念があったのです。その思いは、全身から発するオーラからも感じられました。代わりのいない人でした。

飯田)メールをいただきました、大阪の東淀川区の方です。
「佐々淳行さんにお会いしたくて、大阪の講演会のときに思い切って声を掛けさせていただいたことがあります。サインには『鬼手仏心』という言葉を添えてくださいました。鬼のように厳しく仕事はしなければいけないけれども、そんなときでも心は常に慈悲を抱いて臨まねばならないと教えてくださいました」

青山)その通りの人です。うわべだけではない。佐々さんが亡くなったとは、個人的には信じがたいです。本当は20年くらい前からすでに車椅子で、人前に出られるときには杖をつかれていて、そういう辛い体調でも、明るくてそんなことを全然感じさせないのです。

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