勝海舟設計の砲台、楠葉台場跡が国史跡に 文化審が答申

国の文化審議会は19日、江戸幕府が幕末に淀川左岸に築いた台場(砲台)の跡地「楠葉台場跡(くずはだいばあと)」(枚方市、約3.1ヘクタール)を国の史跡に指定するよう文部科学相に答申した。全国唯一の河川台場で、長州藩などの討幕派が京都に侵入するのを防ぐため、京都守護職だった会津藩主の松平容保(かたもり)が提案し、勝海舟が設計。砲台場の中に京街道を引き込んで関所を設けていた。

 府教委と枚方市教委によると、楠葉台場は1864年に着工し、翌年完成した。現在は水田になっているが、枚方市教委が2007~08年の発掘調査で堀の跡や石垣の一部などを見つけ、場所を特定した。このうち南北約280メートル、東西約150メートルの約3.1ヘクタールが史跡に指定される。

 京都府立総合資料館で見つかった図面によると、大阪方面から京都への侵攻を想定し、大阪側に向けて三つの大砲が設けられていたとみられる。また、もともとあった京街道を台場内を通るように移して関所を設け、各藩が交代で警備に当たったという。対岸の高槻市側にあったとされる「梶原台場」も、同様の関所を設けていたとみられる。府教委は「幕末の緊迫した政治・軍事状況を理解するうえで重要な史跡だ」としている。

 国の文化審議会はこのほか、すでに国の史跡に指定されている「金剛寺境内」(河内長野市)▽「安満(あま)遺跡」(高槻市)▽「古市古墳群」(羽曳野市)の新規発掘部分なども史跡に追加指定するよう答申。府内の国指定史跡は特別史跡2件、史跡67件になる見込み。(左古将規)

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 高槻市八丁畷町の弥生時代の大集落跡「安満(あま)遺跡」は、これまで6.4ヘクタールが国史跡に指定されていたが、新たに南側の京都大大学院農学研究科付属農場の敷地(約15ヘクタール)のうち果樹園や田畑などの6.3ヘクタールが追加指定される。2008年度から市教委が調査し、集落を囲む環濠(かんごう)や水田跡などの遺構が見つかった。市教委文化財課は「弥生時代の景観を自信を持って語ることができる場所」と説明する。

 京都大は農場を12年度以降に、都市再生機構(UR)が土地区画整理事業で造成を進める京都府木津川市に移転する予定。高槻市は農場跡地を買収する方針で京都大やURと協議している。今年度末をめどに譲渡条件や引き渡し時期などを決める予定だ。

 市は農場跡地のうち国史跡部分を史跡公園に、それ以外は防災公園にすることを想定している。史跡公園は従来の国史跡部分もあわせて整備する予定だ。
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