29歳 高校中退 仕事なし

 ■望みはごく普通の人生
 「とにかく仕事をしたい」
 甲府市内の飲食店に集まった20~30代の男性3人が口をそろえた。会社の倒産、病気、派遣切り――。理由はそれぞれ違うが、全員無職だ。
 若者の就労相談にのるカウンセラーを通じて1年ほど前に知り合った。気が向いたときに、ご飯を食べたり、遊びにいったりする。恋人から職探し、政治の話まで、話題はつきない。
 だが、3人だけで会ったことはほとんどない。カウンセラーを交えなければ、だれも支払いができないからだ。「これからの日本を背負うはずの僕たちが、どうしてこんな風になってしまったのか」。ひとりの男性(30)が漏らす。「実家だからまだいい。そうじゃなかったら大変だ」。働いて、結婚して、家庭を持って……。望むのはごく普通の人生だ。「こんなんじゃ、将来なんて何も描けない」。男性はつぶやく。
 甲府市内の男性(29)は、毎朝8時に起きるという。建設現場や解体業など長年の日雇い労働の習慣で、仕事がなくても目が覚める。
 昨年1月、2年近く勤めたパソコン関連機器の製造会社で「派遣切り」にあった。そ
の後、就職した警備会社では、正社員のはずがアルバイト扱いになっていた。問いただすと、仕事を月1、2回に減らされた。生活が立ちゆかなくなり、辞めた。
 ハローワークでようやく見つけた建設業者は、3カ月で社長が夜逃げをした。会社に請求するはずだった交通費は、残った従業員が自腹でかぶった。気がつくと、「派遣切り」されてから体重が15キロ減っていた。
 今もハローワークに通い、携帯電話のサイトで求人情報をチェックし、知り合いに仕事のあてを尋ねる日々。だが、「高卒以上」の条件が、男性に重くのしかかる。
 神奈川県出身。3歳の時に両親が離婚し、父親も高校1年の時に死んだ。頼りにした母親は葬式に来なかった。高校を中退して仕事を転々とした。2007年に、友人を頼って山梨に移り、初めて「派遣会社」の存在を知った。知り合いもほとんどなく、右も左も分からない中で、条件が合う仕事を紹介してくれる派遣会社は便利だった。
 紹介されたパソコン周辺機器の製造会社は2カ月契約。時給1100円で、月収は約
20万円。契約はほぼ自動的に更新されていった。「『派遣』という意識ではなく、普通にそこに勤めているとしか考えていなかった」
 「派遣」の現実は突然襲いかかってきた。08年12月、突然、会社の上司から「来
月からこなくていい」と言われた。社員寮も出なければならない。仕事と家を一度に失った。
 普通に親がいて、普通に学校に通って、普通に働く。そんな同年代の人を見ると「うらやましい」と思う。今年度から始まった子ども手当や高校無償化は、男性にとっては「バラマキ」ではなく「必要な政策」だという。「子どもは親を選べないから」。男性は、もう一度高校に通おうと考え始めている。
 「難しい政策は分からない」という男性。一つだけ、「とにかく、雇ってもらいたい」。そこに一歩でも近づく政治を望んでいる。
 県内で盛んな「無尽」や同じ悩みを抱えて集う人たちに、今の生活と政治に望むことを聞いた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック