「雑な暗殺」疑惑に騒然、サウジ皇太子の末路

トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館を舞台に、サウジから派遣された暗殺団15人による著名サウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が惨殺された疑惑。脱石油を目指すサウジの経済改革を主導してきたムハンマド皇太子(33)が関与したか、少なくとも認識していた可能性が高くなっている。

 連日の衝撃的な報道で、サウジや皇太子のイメージは地に落ちた。サウジ政府は、事件が起きた10月2日から疑惑を全面否定するばかりで、反論に値する証拠は何一つ示せていない。

■生きたまま切断されて殺害された

 トルコ当局がメディアにリークした音声によれば、カショギ氏は生きたまま切断されて殺害されたようだ。「尋問中のミスで誤って死亡させた」として一部に責任を負わせ、ムハンマド皇太子らサウジ指導部を不問に付すという、水面下の外交交渉による事件の幕引きも難しくなってきた。

 兵器の大口顧客であり、中東における重要な同盟国を失いたくないドナルド・トランプ大統領が、“暴君”となったムハンマド皇太子を擁護し続けていることにアメリカ内でも批判が強まっている。アメリカとサウジの外交関係が揺らぐばかりか、11月に中間選挙を控えたアメリカの政局にも発展してきた。

 カショギ氏が総領事館に入ったまま行方不明になった後、外交特権の対象である総領事館やサウジ総領事の公邸で、トルコ当局が捜索を行う異例の展開に発展した。トルコ当局は、サウジやムハンマド皇太子が関与した可能性が高いことを示す情報を次々にリーク。

 サウジは具体的な反論ができず、オタイビ・駐イスタンブール総領事に至っては公邸捜索前にサウジに逃げ帰ってしまった。殺害時のものとされる音声では、総領事がその場にいたことが判明しており、捜査対象となるのを恐れたとみられる。

 一連の報道によると、2日にカショギ氏を暗殺する特命を持った15人が航空機2機に分乗してイスタンブール入りし、同氏が総領事館に入って数分後には拷問、生きたまま殺害するという蛮行に出た。トルコの空港のカメラなどが捉えた15人は、法医学者やムハンマド皇太子に近い当局者や警備関係、情報機関員らで構成され、皇太子の具体的な指示や関与があったことをうかがわせている。

 具体的な情報がサウジ側から出てこないことにいら立つトランプ大統領は急きょ、ポンペオ国務長官をサウジに派遣し、長官はサルマン国王やムハンマド皇太子と会談した。ポンペオ長官はトルコも訪れており、帰国後にトランプ大統領に会談内容を報告。トランプ氏は「(真相は)週末までに恐らくわかる」と述べており、メディア報道が中心で疑惑のままにとどまる事件は進展を見せそうだ。

 ただ、カショギ氏が総領事館内で殺害されたことはほぼ確実視され、ムハンマド皇太子がそれに深く関わっていることも否定しにくくなっている。サウジ側がカショギ氏の殺害を認めれば話は変わるが、最終的にカギを握っているのはトルコ政府だ。

■今回の「勝者」はトルコ? 

 トルコ当局は具体的な発表を巧みに回避し、政府系のメディアや海外メディアに情報をリークし、カショギ氏が総領事館内で無慈悲に殺害されたという事件の構図を浮かび上がらせた。当局は、殺害時の音声のほか、総領事館や公邸の捜索で得た決定的証拠を持っているとみられ、そうした証拠を公開するか、アメリカ政府に伝えるかが事態の行方を左右することになる。

 総領事館内での暗殺という前代未聞の試練に立たされたトルコは、中東の反体制派に活動の場を与えてきた手前、看過できない事態だった。トルコ当局は、証拠を公開せずにメディアへのリークを通じ、真綿で首を絞めるようにサウジを追い詰めている。そこには、水面下での外交交渉の余地を残し、トルコにとって有利な取引を行うという狙いがありそうだ。

 トルコは今回の騒動に紛れて、トランプ大統領の強い解放要求を拒んで拘束していたアメリカ人牧師アンドルー・ブランソン氏を12日に釈放。中間選挙を前に支持基盤のキリスト教福音派を喜ばせたいトランプ氏にまたとないプレゼントを贈り、サウジ問題でのアメリカの協力を取り付けた。牧師拘束問題は、米トルコ間で制裁合戦に発展し、トルコの通貨リラの急落に拍車をかけたが、制裁は解除される見通しだ。

 中東で敵対するトルコにカショギ氏殺害の証拠を握られた形のサウジに対しても、トルコは当局発表として具体的な証拠を示さないことで、サウジとの外交関係が決定的に決裂するのを回避した。ただ、国際社会はメディア報道を通じて、ムハンマド皇太子が関与する形でカショギ氏が惨殺されたと認識しており、サウジで23日から3日間の予定で開催される経済会議「フューチャー・ インベストメント・イニシアチブ(FII)」への出席取りやめが経済界を中心に相次いでいる。

 アメリカのムニューシン財務相やイギリスのフォックス国際貿易相も欠席を表明するなど、政府レベルにもボイコットの動きが広がってきた。もはや、ムハンマド皇太子らの責任をまったく問わない形での解決策を見いだすのは困難な状況になりつつある。

 ただ、こうなっては困るのがトランプ大統領だ。トランプ氏の娘婿クシュナー大統領上級顧問を通じてムハンマド皇太子と強力なパイプを築き上げ、サウジとの関係を中東戦略の中心に位置付けてきたからだ。

■ムハンマド皇太子のイメージは失墜

 昨年5月のサウジ訪問でトランプ氏は総額1100億ドル(約12兆円)の軍事品売却で合意するなどアメリカの軍需産業にとってサウジは欠かせない存在だ。さらに過激派組織「イスラム国」(IS)などテロとの戦いでもサウジは有力な同盟国であり、武器売却凍結などに踏み切れば、サウジがロシアや中国に接近しかねない。

 人権という人類共通の価値観を尊重するよう求めて対サウジ関係の見直しを求めるメディアや議会関係者の声も無視できず、経済や外交という実益を優先させたいトランプ大統領の苦悩は深まるばかりだ。

 事件のこれまでの展開で特徴的なのは、サウジが効果的に反論できず、改革派とも評されたムハンマド皇太子のイメージが再生不可能なほどに失墜したことだ。一方、総領事館という盗聴が一般的に行われているような場所で、しかも政治的に対立するトルコで白昼に暗殺団を堂々と送り込んで、ジャーナリストを殺害するという蛮行になぜ及んだのかという謎が残る。

 カショギ氏は、アメリカ政権中枢に大きな影響力を持つ有力紙ワシントン・ポストのコラムニストを務めていた。サウジ政府がPR会社やコンサルタント会社に何百億円も支払って行ってきたイメージ戦略を、一本の記事によって台無しにしてしまうような実力を持っていた。だが、サウジ批判を繰り広げているのはカショギ氏だけではない。だとしたら、サウジはカショギ氏の何を恐れたのだろうか。

カショギ氏は、その経歴から有能かつ影響力のあるジャーナリストの枠には収まり切らない人物だったことがうかがい知れる。同氏は、元駐米、駐英大使だったトルキ・ ファイサル王子のメディア顧問を務めたこともある。祖父は、アブドルアジズ初代国王の主治医であり、故アドナン・カショギ氏という超大物の武器商人だったおじもいる。その人脈を生かしてサウジを支配するサウド家とのパイプを構築し、支配エリートの一員とみなされていた。

 知人の1人は「(カショギ氏は)サウジの最も繊細な問題について任されており、スーパーエリートの一員だった。あまりにも知りすぎてしまったのだろう」と暗殺対象となった原因を解説する。王族の腐敗や過激派との結び付き、王室の内紛について知っていた可能性があるという。さらに情報機関とも関係があったことから、漏洩されれば王室の脅威になるような情報も持っていたようだ。

 一方、サウジはカショギ氏のジャーナリストにはとどまらない活動を恐れていたとの情報もある。 中東の著名なジャーナリストで、長くロンドン発行の汎(はん)アラブ紙アルクッズ・アルアラビの編集長を務めたアブデル・バリ・アトワン氏は、自身のメディア、ラーイ・アルヨームで、カショギ氏が「ファジル(夜明け)」と名付けた人権団体を設立しようとしていたため、サウジ情報機関は暗殺を決めたと書いている。カショギ氏は、アラブやサウジの反体制派を糾合し、トルコ政府の庇護の下でイスタンブールに拠点を置いて活動する予定だったという。

■国王死去によってサウジ王室で内紛も

 カショギ氏には、大富豪で投資家のアルワリード・ビンタラール王子ら王室内に多くの知己がいる。このような人物が反体制的な団体を、サウジと対立するトルコの庇護下で設立することを、許されざる裏切りとムハンマド皇太子らが考えたのではないか。

 また、カショギ氏は、サウジ王室が嫌悪するイスラム主義組織、ムスリム同胞団に親近感を抱いていたとの証言もある。同胞団という草の根の支持を持つ組織は選挙に強いが、カショギ氏は民主主義の重要性も説いていた。同胞団をかくまうトルコで反サウジ団体の立ち上げを目指し、政権批判を続けたカショギ氏は、サウジ王室にとって同胞団の利益を代弁するジャーナリストであり、活動家とみなされた可能性がある。

 カショギ氏を葬り去ることに成功したサウジだが、国王の座を狙うムハンマド皇太子が現在の地位を維持できるかどうかは不透明になってきた。

 サウジでは昨年秋にムハンマド皇太子が主導して王族や経済界重鎮らを一斉に拘束、資産を没収するなど腐敗一掃の名の下に、敵対勢力を排除した。サウジ識者が筆者に語ったところでは、今回の動きを受けて、皇太子の反対勢力が勢いづいているという。サルマン国王には健康不安説もつきまとい、死去した場合、サウジ王室で内紛が勃発する可能性が高い。

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