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zoom RSS いつまで災害対応「後進国」のまま?日本の避難所を進化させる方法

<<   作成日時 : 2018/09/10 20:55   >>

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日本は自然災害頻発国である。今年に絞っても、先日の北海道地震や大阪府北部地震、西日本豪雨、そして連日の大型台風上陸など、多くの被害が自然災害によってもたらされている。

 そのような中、被災者が生活を営むことになる「避難所」について、長期間暮らすにはあまりに過酷で、非人間的な環境であることが問題になっている。日本の避難所の環境は、1995年の阪神淡路大震災からアップデートされていないのが実情だ。

 2016年の熊本地震では、災害そのもので亡くなる直接死よりも、その後の避難生活の環境悪化などを理由とした関連死の方がはるかに多く、直接死の4倍程度にものぼった。

 筆者の研究チームは、グーグル合同会社、一般社団法人RCF、一般財団法人ダイバーシティ研究所と共に、データを活用した新しい被災者支援・避難生活の改善についての、調査研究プロジェクトを行っている(http://www.innovation-nippon.jp/? p=718)。

 本稿では、調査の過程で明らかになった、災害現場における数多の課題と、それを解決するためのアセスメントシステムを提案する。そして、災害対応先進国イタリアの状況、理想的な姿を述べ、我々が今後どのように災害対応を進化させていけばよいか論じたいと思う。

過酷な避難所「3つの課題」
 第一に、避難所の環境の厳しさを見ておきたい。

 避難生活というと、つい短期的でテンポラリーなものだと考えてしまうが、実際には半年以上も避難所での暮らしを余儀なくされることも少なくない。

 しかし、体育館のような大規模集約型の避難所は、中長期に生活を送るには全く適さない。床に雑魚寝するしかないこと、日の光が入りにくいこと、プライバシーがないことなど、人間的な生活には向かない点が多い。

 過去にNHKが、災害関連死と認定された人の家族へ取材した際、「寝返りを打つのも難しいような狭いスペース。トイレは汚いし並ぶ。行かずに済むよう飲まず食わず。地獄のような環境だった」という取材メモを残している(https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2018/04/0417.html)。

 このような過酷な環境について、大きく分けて、3つの具体的課題が指摘されている。

 騒音:発災直後は周囲に人がいることが支えになるが、避難生活が長期化すると、プライバシーのない空間での他者の声が煩わしく感じられるようになり、ストレスや疲労に繋がっていく。

 臭い・衛生:入浴が制限されること、トイレの清掃が行き届かないこと、生ゴミの処理が難しいことなどにより、避難所全体に悪臭が漂う。トイレについては、携帯トイレの廃棄の問題が生じるほか、自分で穴を掘ってそこで用を足す人が出てくることもある。また、仮設トイレは未だに和式が多く、慣れていない子供や、かがむことが苦手な高齢者には使いにくいという問題もある。

 コミュニケーション:外部から物資が届くようになると、物資の配給で不満が生じることに加え、過酷な環境でストレスを抱えていることも影響し、言い争いや喧嘩に発展するケースがある。実際に、家を失った高齢女性が、避難所で揉め事が絶えないことから、避難所で暮らすのをやめてしまった例もあった。

 これらの問題が、前述したような災害関連死の増加に影響している。

 避難所生活を避け、避難所外の車中や、被害を受けて壊れかけた自宅で生活する人も少なくない。しかしそれが、今度はエコノミークラス症候群などの新たな問題につながっている。また、支援物資は避難所へ届くため、避難所外では適切な支援を受けられないという問題も発生している。

被災者のニーズがわからない
 支援物資そのものにも課題がある。高齢化や食物アレルギー患者の増加が進む中、物資のニーズは多様化している。一方で、国が具体的な要請を待たずに物資を緊急輸送するプッシュ型支援では、水や毛布などのマス向けの物資しか届けられない。自治体の事前準備も、そもそも避難期間の想定が短い場合が多く、マス向けがメインとなっているのが現状である。

 また、避難所ごとのニーズを十分に把握できないため、必要な物資を必要な時に適切に届けることができていない。避難所では受付簿に氏名・住所・電話番号を書いて壁に貼り出すといったシステムはあるものの、ニーズを把握するシステムが整っているとは言い難い。

 これでは被災者の状況を正しく把握できないばかりか、個人情報の問題もある。熊本地震の際は、子供がほとんどいない避難所に、離乳食が大量に届くというケースもあった。

 人手不足の中、支援物資を満足に仕分けることも難しくなっている。特に、近年増えている個人からの善意の支援物資には、多種多様な品物が混在して入っていることがほとんどで、仕分けが困難である。

 その結果、中身をあけないままの段ボールが山積みにされる状況が続いてしまう。実際、新潟県中越地震で被災した長岡市の防災計画では、外部からの任意の物資は受け取らないようになっている。こうした行き違いも、適切にニーズを把握し、適切に支援をする仕組みがあれば、回避できるはずの問題である。

日本が抱える課題の「縮図」
 避難生活が抱えるこれらの問題の根底にあるのは、「少子高齢化」「自治体職員の減少」「経済の低迷」といった、日本が抱える大きな社会的課題そのものだ。

 少子高齢化によって、避難生活の長期化や必要とされる支援の増加、避難所自治の困難化が進んだ。自治体職員の減少によって、きめ細やかな支援・対応が難しくなった(そもそも、自治体職員もまた被災者である)。経済の低迷により、復興支援の質が低下した。

 そこに、データやテクノロジーを生かす発想が欠けていることも、問題を深刻にしている。近年のさまざまな技術革新を、被災者支援にはほとんど活用できていない。

 前述したように、避難者のニーズを把握するシステムが整っていないほか、まず災害発生後の初動で情報を集約・活用・分析し、効率的な支援を行う体制そのものが十分ではない。

 例えば、地域の要支援者名簿が役場に紙で保存されていたり、現場で行われる会議の膨大な資料も紙ベースであったり、状況報告がFAXや電話でなされている。デジタル化している場合も、再利用に手間がかかる画像データやPDFファイルで共有されており、有効活用しにくい。

 その結果、適切な支援を検討しようにも、とりまとめや分析の際に、デジタル化や情報整理だけで膨大な時間がかかっている。また、緊急時で人手が不足しているにもかかわらず、資料を印刷するだけで多くの時間を費やしているという話もある。

 このような悲惨な状況について、「緊急事態なのだから、多少は劣悪な環境で過ごすことになるのは仕方がない」と考える人もいるかもしれない。しかし、本当にそうだろうか。

 避難生活であろうと、そこにあるのは人の生活そのものである。改善する手段があるにもかかわらず、活用できないのはもったいない。

 誰でも、ある日突然被災者になる可能性がある。我々一人一人が、自分や自分の家族の身に置き換えて、今一度考える必要があるだろう。

イタリアのボランティアは「無償」ではない
 災害対応アセスメントは、いわば「今すぐに取り組むべき」新しい災害対応のあり方である。一方で、今後日本が目指すべき災害対応の「理想形」を考えるうえで、新潟大学特任教授であり避難所・避難生活学会会長でもある榛沢和彦氏は、イタリアの避難所から学ぶことが多いと、論文「イタリアの市民保護省と市民保護局」(『地域保健』、東京法規出版)で指摘している。

 イタリアでは、災害対策を国家レベル、州レベル、県レベル、市レベルで階層化し、NPOやNGOなどのボランティア団体と最初から共同で活動するのが特徴である。

 ボランティアといっても、我々が思い浮かべるような、学生や退職者を中心とした無償のボランティアではない。

 イタリアの災害ボランティアは、事前に災害対応についての研修を受け、ボランティア団体に災害派遣希望登録を済ませており、被災地に派遣される場合は、日当・交通費・労災保険が保証される。このようなボランティアが、イタリア全土に140万人以上いるといわれている。

 彼らはボランティアとしての質が高いだけでなく、自治体側としても仕事を頼みやすい。日本では、ボランティア受け入れを早急にできない原因として「何をしてもらえばいいかわからない」「事故が起きた際の保証もできない」といった理由を挙げる自治体もある。身分と質が保証されたボランティアは、こうした問題を解決するだろう。

 そして何より特筆すべきが、避難所の環境である。イタリアでは災害発生後に、州が備蓄してある6人用テント250個、1500人分の簡易ベッド・トイレをひとつのユニットとして、大型トレーラー数台で運ぶ。

 その際に、100人のスタッフが帯同する。行政職員、医師、公衆衛生関係者など20人程度と、残りはボランティア団体からの派遣者で成り立っている。被災地への出発は通常、発災から24時間以内である。また、スタッフの構成から分かるように、災害による被災者の身体的・心理的影響にも早期から気を配っている。

 避難所入り口には軍の警備が付き、食事はその場で調理者担当者が作って暖かい状態で配膳され、原則的に食堂で食べる。トイレ、シャワー、コインランドリーもコンテナが流用されていて、雨が降ったときなども、中で待つことができる。

 こうしたイタリアの避難所の現状は、日本の避難所事情に比べれば、「別世界」と言いたくなるほどだ。ただもちろん、行政システムの違いや地理的な違いもあるので、このまま参考にして日本に導入するのは難しいのかもしれない。

 しかし、被災地で展開される避難生活とは、「人の生活」そのものだ。そして、災害対応アセスメントも、イタリアのような取り組みも、現在の技術水準で十分に可能なものである。

 繰り返すが、日本は自然災害頻発国である。これからも大きな被害を出す災害は必ずやってくる。そのときが来てから焦るのではなく、未来の被災者の生活の質を向上させるために、今までの仕組みを革新させ、新しい災害対応のあり方を早急に検討するべき段階に入っているのではないだろうか。

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