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zoom RSS 世界の終わりまであと2分 ー いまそこにある核戦争の危機の中で

<<   作成日時 : 2018/08/06 13:27   >>

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2018年、世界終末時計の針は進み、冷戦時よりも危険な状態に
皆さんは世界終末時計をご存知だろうか? 日本に原子爆弾が落とされてから2年後に刊行されたアメリカの科学誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)が制定したもので、午前0時を世界の終焉として、1947年以来、定期的に人類滅亡の危険性を考慮して時計が修正されている。近年においては、核兵器だけでなく、環境破壊など様々な人類にとっての脅威情報を収集・分析・精査した上で時計の進み具合に反映させている。その終末時計の針が、この数年、午前0時に向けて着実に動いている。福島第一原子力発電所の事故があった翌年2012年には5分前、アメリカのトランプ大統領が核廃絶や環境問題に関して消極的な発言を繰り返した2017年には2分半前まで進み、2018年には、北朝鮮を巡る緊迫した状況を踏まえて、アメリカとソ連が冷戦を繰り広げた1953年と同じ2分前まで針が進んだ。

いままでになく世界平和から遠ざかってしまったこの世界で、核兵器廃絶に向けて世界を奔走する活動家が日本にいる。NGOピースボートの共同代表で、2017年にノーベル平和賞を授与された核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員を務める川崎哲氏である。東大の法学部を卒業し、様々なNGOで30年ほど平和活動に取り組んできた川崎氏は、90年代後半にピースデポというNGOで働きながら、本格的に核兵器廃絶や核軍縮の問題と向き合うようになった。2000年代に入り、ピースボートで被爆者の声を世界に届けるプロジェクトに携わるようになり、NGOの連合体として設立されたICANにピースボート代表として加入し、ICANの中心メンバーとしても活動してきた。


「核戦争が起きるリアルな脅威があるんです。核兵器は使われうるんですね。北朝鮮とアメリカの状況、繰り返す核実験、ミサイル発射。いつでも軍事的に対抗できるぞというような、そういうデモンストレーションであったわけですよね。 時間がたって歴史家の方が2017年という時期を見たら、朝鮮半島をめぐる戦争が起きる可能性が極めてリアルなところまで行った、そういう時期であったというふうに評価すると思うんです」と語る川崎氏。終末時計が世界の終わりに向かって進んだにも関わらず、2017年は核廃絶に向けての大きな節目の年となった。ICANが2007年の設立以来訴えてきた核兵器の製造・使用・保有を全面的に禁止する核兵器禁止条約が、国連で122カ国・地域の賛成多数により採択されたのだ。核保有国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)や、アメリカの核戦略である<核の傘>にある日本を含む国々は不参加であったが、核保有国5カ国(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国)以外の国には核兵器保有を禁止するという不平等かつ不条理な側面を持った核拡散防止条約(1968年締結・1970年発効)と比べれば、包括的な核廃絶に向けての大きな前進となったのは間違いなかった。採択から1年経った2018年8月01日の時点で、59カ国が署名し、14カ国が批准しており、法的効力を持つにはまだ40カ国批准が必要で、2019年発効を目指して、ICANを含む様々なグループや組織がロビー活動を続けている。

シンガポールにて米朝首脳会談中に情報発信する川崎氏
また平和活動家としてのキャリアの中で、2017年は川崎氏にとっては特別の意味を持つ年でもあった。核兵器禁止条約に向けての貢献が評価され、ICANがノーベル平和賞を授与されたのだ。「もうその瞬間からほんとに多くのメディアとかいろんな方々に核兵器のことを尋ねられて、ICANのことも尋ねられて、本当に関心を持ってくださるようになったのでうれしく思っています」と語る川崎氏だが、核禁止条約の認知度がまだまだ低いことも否めない。「これには実は理由があって、核兵器を持っている側の国々はあまり知られたくないわけです。自分たちが悪いことをしているということが分かってしまう条約ですからね。ほんとにこれだけ画期的な条約ができたということをまだまだ知らないし、メディアでもあまり取り上げられない。ごく一握りの外交問題とかの専門家の方しか知らない。やはり核兵器禁止条約を一刻も早く発効させて効力を持たせて、これでいろんな国々を縛っていこうという、そういうムーブメントにしなければいけないわけですよね。今回のノーベル賞受賞というのは、それの大きなきっかけをくださったものだと思います」と川崎氏は語る。

しかし核兵器廃絶に向けての壁はまだまだ厚く、アメリカなどの大国がこぞって核の抑止力の重要性を説いているのが現状でもある。核の抑止力が盲信されていた80年代半ばには(当時終末時計は午前0時3分前)、世界に6万発以上あった核弾頭数が、1989年に冷戦が終わり、90年代半ばまでには2万発程度までに下がったものの、それ以来はほとんど横ばいになったままだ。「核兵器を使ったらみんなが滅びるんです。それはもう自殺的な兵器なのです。そういうものに依拠していることが幻想だと思います。核の抑止力というのは、いずれは核を使うという前提の上に成り立っているわけですが、使えっこないわけです。使えっこないものを使うと言い張って、作り続けて配備し続けて、いまだに世界に1万5,000発もあるわけです。これは異常な状態です。何十発、何百発という単位で使われたらほんとに全人類が滅びてしまう。そんな危険な恐ろしいものを、国家の安全のためという屁理屈でとっておくということは、あるいは造り続けるということは、やはり人間がどうかしてると思いますよね」と川崎氏は語る。

国連での核兵器禁止条約の議論にも不参加だった唯一の被爆国・日本の立ち位置
広島と長崎という教訓があることから、非核化や核兵器廃絶を訴える市民グループが日本には比較的多く存在しているが、世界唯一の被爆国である日本の政府は、非核化に向けて極めて消極的である。2017年にニューヨークの国連本部で採択に向けて核兵器禁止条約の交渉会議が開かれた際にも、核保有国と同様に日本政府は不参加だった。唯一の被爆国として世界に非核化への道を示して欲しいという思いから、ICANのメンバーが空になった日本政府のブース席に大きな折り鶴を置いた。その翼には『Wish You Were Here(あなたにここにいて欲しい)』と書かれていた。そのイメージが世界を駆け巡ったにも関わらず、日本政府は非核化に関しては曖昧な態度をとり続けている。そんな態度を川崎氏は厳しく批判する。「核保有国と非核保有国の対立を助長するのはいけませんとか、あるいは、核保有国が参加しないと言っている以上、このような条約に意味があるとは思えませんとか、いろんな言い方をするんですけど、どれをとってもなぜ条約の交渉会議にすら参加しないことについての説得力の持った説明にはなってないというふうに思います。端的に言って、核兵器を全面禁止してしまったらアメリカの核兵器も禁止することになるわけです。それは、日本としてはのめないっていうのが今の政府の考え方であると思います。本来は一番の当事者であり当事国であるわけですから、このようにして核兵器をなくしていく、あるいは、核の非人道性をこのように国際規範にしていくというようなことを打ち出さなければいけないはずなんですけども、結局それをやり切れないという大変歯がゆく感じますし、恥ずかしいところだと思います。」

国連での核禁止条約の交渉会議に現れなかった日本代表ブースに置かれた折り鶴。
市民グループとして声を届けるために飛び込んだシンガポールでの米朝首脳会談
2018年6月、北朝鮮とアメリカの両首脳による歴史的な会談が決定した。ICANは核廃絶を目指す市民グループとして情報を発信するためだけでなく、朝鮮半島の非核化に向けて具体的なステップを発表するために、シンガポールに乗り込むことを決めた。終末時計を2分前までに進めた2つの核保有国による核戦争の脅威が大きなテーマになることは間違いなかったからだ。しかし前代未聞の米朝首脳会談という一大政治イベントに飛び込みで参加することで、実質的な成果が残せるのかは未知数だった。国連関連のイベントでは、市民社会の声を吸い上げることを目的としたスペースが設置されており、NGO団体はそこで政治家とあるいはNGO団体同士で情報収集したり、関係性を結ぶ。しかし今回の首脳会談は、市民社会グループが参加する場のない政治イベントだ。精鋭メンバーでシンガポール入りしたICAN事務局長ベアトリス・フィン氏と主要運営メンバーである川崎氏は、米朝首脳会談前日に記者会見を開催し、法的拘束力のある朝鮮半島の非核化への具体的な5つのステップを表明した。そのステップにおいて重要な役割を果たしているのが、国連で締結されたばかりの核兵器禁止条約だった。川崎氏は現地シンガポールで語る。「あの2人の非常に不安定なリーダーが全てを決めるというのは許せないわけです。やるといったらやらない。かと思えばやると。そういう人たちが非核化に合意したといっても信用できないですよね。そこで私たちは法的拘束力ある取り決めをし、北朝鮮と韓国の両国に核兵器禁止条約に参加してもらうことで核廃絶を進めるという提案をしたのです。」 フィン事務局長はメディア合戦と化してしまった国際政治のあり方に危機感を感じているという。「国際政治がたった1人のリーダーや個人のツィートに非常に影響されやすい時代になってしまいました。これは本来の外交でも国際政治のあり方でもありません。我々は朝鮮半島の非核化に向けての真剣な議論に参加したいと考えているのです。現代において、市民社会の声を政治に届けることが非常に重要になってきました。政治家による根拠のない誇張や真っ赤な嘘が後を絶たない中、長期的な視点を持った専門家に耳を傾けることが重要です。政力の変化によって消えてしまう決め事ではなく、持続的で法的拘束力を持つ国際法が活用されるように、我々市民グループが声を上げる必要があると考えています」と語る。

ICANの記者会見があった翌日、シンガポールの街全体に厳戒態勢が敷かれる中、両国の首脳はそれぞれ滞在先のホテルから、リゾートとして有名なセントーサ島に向かった。島に通じる交通アクセスが道路一つなので、安全が確保しやすいという警備上の理由があったようだ。フィン事務局長がメディア対応に追われる中、川崎氏は首脳会談会場であるセントーサ島のカペラホテル前に駆けつけ、世界中のメディアと大勢の見物客が見守る中、SNSを利用して市民グループが積極的に政治イベントに参加する意義を訴えた。厳しい日差しが降り注ぐ炎天下で、その様子をみていたRUDAW TV(クルド放送)、ABP(インド)、AFP(フランス)などの放送局がその場で川崎氏へのインタビューを要請してきた。ホテル内で首脳会談が進む中、会談後に非核化に向けた何らかの正式な合意が、2カ国間でされるらしいという噂が伝わってきた。海外メディアのインタビューに応じた川崎氏は「非核化に向けて何らかの合意がされたということは、当面の核戦争の脅威は避けることができたと判断していいと考えますが、いずれにせよ国際法に基づく法的拘束力を持った合意が必要」と語った。数時間後、米朝首脳による共同声明が発表され、合意書に署名が行われたが、合意書には当初からアメリカ側が北朝鮮に絶対条件として要求していた<完全で検証可能かつ後戻りできない非核化>の言及はなく、わずか4項目に絞られた文書には<朝鮮半島の完全非核化に向けて努力する>という曖昧な記載しかされていなかった。 これを受けてフィン事務局長はすぐに声明を発表。「内容のない合意に署名するよりも、真に国際法に基づく文書、すなわち核兵器禁止条約に署名すべき」と厳しく批判した。

市民社会の声を広く世界に届けるための持続的な活動を目指して
短い3日間のシンガポールでの滞在を通して、川崎氏は市民が政治や社会運動に積極的に取り組んでいくことの重要さを繰り返し語った。「今回市民スペースが一切ない中で、それでも無理やり入り込んできましたけど、どこまで今回効果的には入れたのかは正直わかりません。理想ばっかり掲げていると何度も批判されてきましたが、しかしこうやってここにいますと示すこと、そして行動することこそが、わたしは市民活動の原点だと思っています。」 30年ものキャリアを持つ川崎氏だが、順調に活動家としての道を歩んできたわけではなかった。本格的に活動しはじめた20代の頃は、NGO活動はまだまだ下火で社会的地位が認められる以前の時代でもあり、当時は苦難の道を強いられたという。「もう金も体も続かないなと思って挫折しそうになったことはたくさんありました。特に30歳前後の頃ですかね。原動力はとてもシンプルで、ある種の正義感というか、別にそれ以上の何ものでもないです。自分がこういう活動をしていく中で何か残せるとすれば、この日本においても多くの人たちがこうした平和に関わる非政府の活動をするということを1つの職業上の選択として取ることができて、そのことによって多様な活動がもっともっと起きて、存在感と活気があるセクターに成長していけばいいんじゃないかなと思うんです。」

シンガポールに3日間滞在した後、日本に戻ったその日から広島をはじめとする地方で講演に参加した川崎氏。その後ヨーロッパに飛び、アイスランドの政治家との会合に参加して、核兵器禁止条約の必要性を訴えた。さらにその後、世界を航海中のピースボートにカナダから乗船し、被爆者と共にニューヨークまで航海した後、国連でのイベントにも参加したりと、忙殺的なスケジュールを日々こなしながら意欲的に活動を続ける川崎氏。6月の米朝首脳会談後、一向に進む気配がない朝鮮半島の非核化に対してフラストレーションは感じているものの、とにかく核兵器禁止条約の発効に向けて最大限の努力をしたいと語った。歴史的な米朝会談の舞台裏でより確信できた市民活動の原点を原動力として、今後も世界を股にかけて平和のための市民運動を続けていく。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

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山本兵衛
フィルムメーカー
ニューヨーク大学にて映画制作を学ぶ。短編作品の数々がロッテルダム映画祭やトライベッカ映画祭などの国際映画祭で上映されている。英BBCや仏ARTEなどのヨーロッパ五カ国の放送局との国際共同制作で長編ドキュメンタリー『サムライと愚か者〜オリンパス事件の全貌』を監督。以後、フィクションとドキュメンタリーの両ジャンルで活躍を続けている。青山学院大学大学院・文化政策学研究科・非常勤講師。

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