警備資料

アクセスカウンタ

zoom RSS 相模原障害者殺人事件 植松聖被告の手記とマンガを出版した編集者が語る“オウム真理教との共通点”

<<   作成日時 : 2018/07/26 21:16   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件から2年が経った。殺人などの罪で起訴された元職員の植松聖被告(28)は、「重度の障害者は安楽死させた方がいい」という独善的な主張を持ち、凶行に及んだ。逮捕後もこの持論は何も変わっていない。

 そのなかで今月、植松被告の手記やマンガなどをまとめた『開けられたパンドラの箱』が創出版より発売された。手記については同社の月刊誌「創」にすでに掲載されていたが、一冊の本となって出版されたことに批判の声も上がっている。

 なぜ、差別主義者で大量殺人犯の手記を本にまとめたのか。篠田博之編集長(66)にその理由を聞いた。

* * *
──殺人犯の手記といえば2016年4月、神戸連続児童殺傷事件の犯人が「元少年A」の名前で出版した『絶歌』(太田出版)があります。本がベストセラーになったことで「出版の自由」をめぐって大きな議論になりました。

 まず前提として、「元少年A」の『絶歌』はある種の作品として書かれたもので、被害者感情への配慮といったことはほとんどなされていない本です。それに対して『開けられたパンドラの箱』は事件を解明するという報道のスタンスに立った本で、植松被告の発言はその素材のひとつなのです。ただ、彼の発言や主張がまとまった形で世に出るのは初めてなので、いろいろな議論を巻き起こしているわけですね。

 ただ誤解している人もいるのですが、植松被告の発言や手記は3部構成の第1部だけで、しかも彼の主張をそのまま掲載しているのではなく批判的に検証しています。また、本では植松被告の主張に対して、事件の被害者家族や障害者家族などの批判や、精神科医による分析なども掲載しており、事件を多角的に検証したものなんです。

 私自身も20回ほど植松被告と面会していますので、そこで本人に聞いた事件の経過も掲載しました。あの事件の詳細はほとんど明らかになっていませんでしたから、その取材で初めてわかったこともたくさんありました。

──批判が起きることは覚悟していたのでしょうか。

 もちろん、批判があるだろうことは予想していました。それでも出版しなければと考えたのは、この事件は日本社会に深刻な問題を投げかけたのに、この1年ほど、マスコミがほとんど報道もしなくなり、急速に風化しているという現状に危機感があったからです。

 一方で、障害者やその関係者はいまだに恐怖を抱えているのですが、その恐怖は、真相が解明されていないからだと思います。障害者施設の職員だった人間が、なぜあのような考え方に至ってしまったのか、そもそも植松被告自身が精神的な病いにおかされての犯行なのか。精神鑑定も既に2回行われていますが、事件の骨格に関わる部分がほとんど明らかになっておらず、それゆえ恐怖はいつまでも続いているのです。一般の人たちの無関心と当事者たちの恐怖という、このいびつな現実を突破するのはメディアの役割と責任だと思っています。

 植松被告の手紙や手記を掲載したのは「創」の昨年9月号からです。意外に思われるかもしれませんが、障害者やその関係者から大きな関心が寄せられ、真相解明を求める声が予想以上に多かった。障害者や家族、あるいは施設で働く人にとって、この事件の衝撃と恐怖がいかに大きかったかということです。

 植松被告の裁判はこれから開かれますが、死刑になる可能性が高いと言われています。彼は重度の障害者だけでなく、死刑囚についても「いつまでも執行しないのは間違いだ」と主張しているので、彼に対する裁きはそう遠くないうちになされる可能性があります。ただ問題はそれで終わらず、大事なのは事件やその背景を解明することです。植松被告を罰しただけでは事件の再発防止にはなりません。犯罪というのは社会に対するある種の警告ですから、それにこの社会がどうやったら対抗できるのかが問われているのです。

──篠田編集長はこれまで宮崎勤元死刑囚など、多くの死刑囚と面会をしています。植松被告の印象は。

 植松被告の犯罪は、印象としてはオウム事件に似ています。犯罪を犯した当事者の意識は、主観的には社会改造なんですね。ですから彼はいまだに自分の考えに異様なまでに固執しています。

 2016年2月に彼は総理大臣に自分の主張を訴えようとして手紙を持っていくのですが、警備が厳しいので3日間通った末に衆議院議長公邸に手紙を渡します。手紙の内容は殺害予告だったのですが、彼がそんなふうに思いつめていくのがそう以前からでなく、2月初め頃からなんですね。そんなふうに短期間におかしくなっていったプロセスや、いまだにその考えに固執している異様さを見ると、何らかの精神的疾患によるという疑いも捨てきれません。

 気になるのは、彼が2016年2月にそうなっていくひとつのきっかけは、テレビでトランプ大統領候補とイスラム国のニュースを見たことなんですね。つまり混迷している世界状況を、暴力的に片づけていくという発想に、彼は傾いていくのです。今回の本に収録した植松被告の30ページにも及ぶマンガ(資料参照)があるのですが、それは人類社会に絶望して暴力的に破壊するというストーリーです。これを彼は獄中で約半年かけて描いていったのです。

 暴力的な破壊は結局、社会的弱者を攻撃の対象にすることになるのですが、日本だけではなく世界で蔓延している排除の思想が明らかに植松被告に投影されていると思います。だからこの事件は恐ろしいのです。被告本人を極刑にしただけで解決するような問題ではありません。

──事件は、日本社会にどんな問題提起をしたのでしょうか。

 たとえば、植松被告は事件の約半年前に犯行を予告し、ほぼその通りに決行しています。この犯罪をどこかの段階で防ぐことができなかったのか。彼は措置入院によって精神病院に送られるのですが、精神科医はもちろん治療が目的なので、症状がおさまれば退院させるわけです。でも彼の手記を読むとわかりますが、彼は措置入院中に事件の決行を決意し、早く退院するためにおとなしく振舞っていたのです。しかも退院後は決行までの間は生活保護を受けて食いつないでいくとか、犯行へ向けて準備を進めていくのです。

それに対して退院後は何のフォローもなされていません。行政側は対応しようとしていたのですが、最初、植松被告は、八王子の親のもとへ戻ると言いながら実際は相模原に戻っていた。八王子と相模原の行政側の連携ができていなかったために何もできずに事件を防げなかったのです。

 そもそも彼のようなケースに対して、精神病院に犯罪予防的な機能を負わせること自体、無理があるわけで、こういう事件に対抗するシステム自体ができていないのですね。なぜそれが難しいかと言えば、それは監視社会の強化ということと結びついているからです。「ケア」というのは、される側からみれば「監視」なのです。

 そういう難しい問題をたくさん抱えている事件だけに、現時点では何の有効な対策も講じられていません。この1年間、事件の報道がほとんどなされなかったのも、そういう難しい問題に多くのマスコミがたじろいだためだと思っています。

──日本には、まだ障害者差別の考え方が根強いのでしょうか。

 19人の犠牲者がいまだに匿名のままであることが象徴的ですね。誰もが総論としては「障害者を助けたい」と言うのですが、現実にはあまり関わりたくないと思っている。この事件への無関心が広がっているのはそのためでしょう。

 その一方で、ヘイトスピーチに象徴される、ある種の排外主義が日本で急速に拡散しつつあります。植松被告の考えがそれとどこかでつながっているのは明らかだと思います。

 この事件は、日本社会の中にあった「パンドラの箱」を開けてしまった。障害者差別の問題を含め、これまで曖昧にされてきた多くの問題をこの事件は表にさらしました。だから、この社会は、もっとこの事件にきちんと向き合わないといけないと考えています。今回の出版は、そのきっかけになってくれればという思いから行ったものです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
ヒトラーユーゲントは被害者であり、国民突撃隊は無罪であり事実上被害者。

ナチスに殺された障害者よりも、第二次大戦で死んだヒトラーユーゲントと国民突撃隊員の数のが多い。

「ナチスのやつらはみんな悪いんだ」というのはヒトラーユーゲントなどの少年兵も敵視することで、つまり虐待を受け傷つき死んでいった子どもを犯罪者扱いし敵視することだ。

少年兵は猛獣でも凶器でも大量破壊兵器でもない。

ヒトラーユーゲントだった人がローマ法王や国連事務総長になったり、その任期中に暗殺されなかったから今のようなおかしな世界になったんじゃない。
もし今日までそういうことがなかったら、人類は1999年以前に滅亡していた。

ナチスドイツの国防軍の2等兵と1等兵は無罪だ。

ナチスドイツの国防軍の下士官は犯罪者ではあったがヒトラーでも暴君でもない。

ムッソリーニは独裁者ではあったが暴君ではない。

ファシストイタリア軍も降伏した日に5千人もナチスドイツ軍に虐殺された。

ファシストイタリア軍は無罪だ。

特攻隊と鉄血勤皇隊は被害者だ。

「ナチスのもの」と「ナチスっぽいもの」は違うし「ファシストイタリアのもの」とも違う。もちろん「それっぽいもの」とも違う。

「大事なのは差別をしないこと」ではあるが「差別大国のものや、それっぽいものを根絶することではない」

「ナチスアレルギー」は病気ではありませんが「右翼アレルギー」や「保守アレルギー」は病気だ。

「自分のせいじゃない」というこが一番危険なのではなく「弱い者のせいにすること」が一番危険なのだ。

相模原市障害者施設殺傷事件のような事件が二度と起きて欲しくないのなら、風化して欲しくないなら、もっとひどい事件が起きて欲しくないのなら、この事実を伝えてください。
芋田治虫
2018/07/27 20:29

コメントする help

ニックネーム
本 文
相模原障害者殺人事件 植松聖被告の手記とマンガを出版した編集者が語る“オウム真理教との共通点” 警備資料/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる