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zoom RSS 成田空警隊40周年記念式典 五輪テロ阻止へ鉄壁の備え

<<   作成日時 : 2018/07/21 07:55   >>

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成田空港の警備を専門に担当する県警成田国際空港警備隊の創設40周年記念式典が20日、成田市三里塚の同隊庭で行われた。

 式典には全国の都道府県警から出向している隊員約1500人のうち、約600人が出席。隊員の家族や歴代隊長ら来賓が見守る前で、一糸乱れぬ行進を披露した。

 永井達也県警本部長は整列した各隊を巡閲した後、「東京五輪・パラリンピックを控え、成田空港におけるテロ対策をしっかりと進めていかねばならない。唯一無二の空港専任警備部隊であるとの自覚と責任感を堅持して、引き続き空港警備に万全を期していただきたい」と式辞。森田健作知事も「40年間という長きにわたり空港の治安維持に務め、その発展に多大なる貢献を果たしてきたことに改めて敬意と感謝の意を表する。引き続き日本の表玄関である成田空港の安全、安心を守るという崇高な使命を果たしていただきたい」と隊員らを激励した。

 同隊は、成田空港開港直前の昭和53年3月、過激派に管制塔が占拠された事件を受け、同7月に発足した。「融和団結・積極果敢・不撓不屈(ふとうふくつ)」の隊訓の下、空港内や周辺の警備、テロ警戒などを任務としている。

 この日の式典後、同隊の押井信義隊長は「今後も隊員一同、一致団結して空港の安全確保に尽力して参る所存である」とコメントした。

昭和53年5月の成田空港開港以前から空港警備に携わり、空港警備隊長も務めた県警OBの木川利秋さん(62)に話を聞いた。

 「空港警備はまだ歴史の途上。警備の仕事はまだ終わっていない」。空警隊結成40年を前に、木川さんは感慨深げに語った。

 木川さんが県警に任官された49年4月は、警察官3人が火炎瓶や鉄パイプで襲われて殉職した「東峰十字路事件」(46年9月)など、空港設立に反対する極左集団のゲリラ活動が勢いを増していた時代。家族の猛反対を押し切り、警察学校卒業後は機動隊員として過激派とぶつかった。それ以来、警察官人生のほとんどを空港警備に費やした。

 中でも忘れられないのは、空警隊の中隊長時代に経験した62年の「1・14機動隊襲撃事件」。地元住民に対する見返り振興策として整備された成田用水の警備に当たっていた機動隊員が過激派に襲撃され、3人が重軽傷を負った。

 現場は混乱を極め、見張り番で岡山県警から出向していた部下の巡査部長を8時間以上交代させられなかった。「頑張れよ」とねぎらうと、「中隊長、このために出向しています」と力強い返事が返ってきた。1月の成田の夜は氷点下まで冷え込む。弱音を吐かずじっと耐える姿に「日本の警察は素晴らしい」と誇らしくなった。

 2年後に控える東京五輪・パラリンピックでは、成田空港は海外の選手や観光客のおもてなしの玄関になる。同時に国際テロの脅威にもさらされ、ますます空港警備の重要性は高まる。「先輩たちが流した血や汗で今がある。過去の遺物ではない」。木川さんはきょうも成田空港を警備する後輩の空警隊員に安全を託した。

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