【続・東京マラソンへの道】中島彩「サイパンで50キロ走って学んだこと」

市民ランナー・中島彩の「続・東京マラソンへの道」

 みなさん、こんにちは! 2月24日の東京マラソン2013にチャリティランナーとして参加し、完走した『走るフリーアナウンサー』の中島彩です。前回のコラムで、『(2013年の)東京マラソンへの道』は締めくくりましたが、東京マラソン完走での感動が忘れられず、2014年大会への参加を目標に、再び走り始めることにしました。引き続き、『続・東京マラソンへの道』として、日々の練習や、役に立つ情報をお伝えできればと思っています。走るみなさんにも、走らないみなさんにも読んでいただける『RUNコラム』を目指していきますので、よろしくお願いします!

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 さて、今週のテーマは、『RUN×大会後のアフターケア』。

 さらに、東京マラソンから1週間後の3月2日に参加した、『第8回サイパンマラソン2013/50キロ寛平コース』についても振り返りたいと思います!

   ☆ ☆ ☆

●大会後のアフターケア

 まずは東京マラソン2013を走った後、どんな様子だったかをお伝えします。大会まで2週間の禁酒を続けていた(コラム「RUN×食事」参照)私はレース後、お酒を飲み、仲間と完走を祝いました。完走後は、身体のすべてが痛みます。しかし、みんな痛みを十分に感じつつ、飲み屋へと急ぐのです。大会当日、達成感に溢れた状態で祝いたいですから!

 そして、その日の夜。「レース後は身体が痛くて眠れないのでは?」と聞かれることもありますが、私の場合は眠れます。走り終わって疲れているので、すぐに睡魔が襲ってきました。しかし、真夜中に筋肉痛で起きることがあるので、鎮痛剤を飲んで寝ることもあります。

 次の日の身体の状態は、生活できないほどではありません。筋肉痛でちょっと不自然な歩き方になるぐらいで、いつも通りに起きて仕事もできます。東京マラソンに限らず、ほとんどの大会は日曜日開催なので、働いている方の多くは翌日仕事でしょう。ほとんどの方が仕事を休まないでしょうから、「市民ランナーは立派だな」と思います。

 東京マラソンの翌日、私は空いている時間を見つけて整体へ。筋肉痛の状態なので、鍼(はり)や強い指圧はせず、緊張している筋肉を優しく解(ほぐ)してもらいました。筋肉痛が落ち着いてきた3日後あたりに鍼を受け、筋肉を弛緩させてあげます。そして5日後あたりから、軽いランニングをして、筋肉を動かしてあげるのです。

 こんな流れの1週間で、大会後は身体の様子を見ながら、いつもの状態に戻していきます。筋肉痛を感じながら無理して走ると、練習の効率もよくありませんから。

   ☆ ☆ ☆

『第8回サイパンマラソン2013/50キロ寛平コース』

 東京マラソン後、前述のように身体を休ませたのですが、その後、私は「無茶な挑戦」をしてしまいます。なんと6日後、50キロマラソンに参加したのです! というのも、東京マラソンへの参加が決まる前に、出走が決まっていた大会でして……。

 しかも、場所はサイパン。さらにフルマラソンではなく、アースマラソンを完走した間寛平さんのプロデュースする『50キロ寛平コース』に挑戦しました。

 間寛平さんがアースマラソン挑戦時、1日50キロ走っていたことを由来とする『50キロ寛平コース』のポイントは、ふたつです。

●制限時間は8時間
●レース後半で約3キロの登り坂、通称『アヘアヘ坂』が待ち受ける

 私は、東京マラソンの興奮さめやらぬまま、単身でサイパンの地に降り立ち、気づけばレース当日にとなっていました。島の海沿いの道と、自然を活かしたコース―<Lロに初挑戦です。

★スタート (4時30分)
 2時30分に起床。市内にある公園が、スタートとゴールのゲートでした。スタート地点には、50名という少数の健脚家の参加者が集っていました!

★10キロ (5時40分)
 市街地を抜けると、コースは完全な暗闇に。50名の参加者はちりぢりになり、私は孤独なランの中、サイパンに生息する野犬に追いかけられることに! 必死で逃げました(笑)!

★13キロ (6時00分)
 島の北端まで走り、折り返し。このあたりから足に不調の兆しが……。東京マラソンでの疲労が出始めたのです。ランナーの最後尾を走ることになり、後ろから警備のクルマが追走してくれました。警備員の方は陽気な音楽をカーステレオで流してくれて、ときどき「頑張れ―!」と声をかけてくれることも。結果、私はこの警備員の方と、ゴールまでともに走ることになります。

★26キロ (8時00分)
 ついに、アヘアへ坂に挑戦。ここで私の順位は、完全に最下位となります。つまり、ビリです! 日が出てきて気温も上昇し、足は曲がらないほど疲労困憊な状態。進まない足と、人生の悩みを重ね合わせ、心も限界状態に……。そしてようやく、アヘアヘ坂を上りきる。

★29キロ (8時50分)
 坂の頂上までの3キロを、50分かかって走破。その後、下りでペースアップし過ぎて、ひざが笑ってしまいました。ここで無茶な走りをしたせいで、レース最後まで左ふくらはぎがつった状態になりました。

★33キロ@5時間の関門地点 (9時15分)
 なんとか5時間の関門を突破! 足は棒と化していましたが、救われた気分になって舞い上がります。今までの大会で関門に焦ることのなかった私にとって、初めての焦りと安堵感を味わいました。関門によってレースを中止させられる不安の末に、「関門突破=完走できるチャンスを掴むこと」が、こんなに嬉しいことだなんて知りませんでした!

★42キロ (10時50分)
 綺麗な海沿いの平坦なコースを走りました。復路を折り返してきたランナーたちに「頑張れ!」と励まされ、「少しでも走らなきゃ」と、スローランニングを継続。フルマラソンに参加していた今までなら、ラストスパートだった42キロ地点を通過。経験したことのない痛みが、背中や肩まで襲いかかってきました。

★50キロ@ゴール (12時25分)
 ラスト5キロでは、給水給食エリアの方が「最後のランナーでしょ! 絶対ゴールできるからね!」と、私だけのために飲み物を与えてくれ、背中をさすり、再びコースへと送り出してくれました。横を走るクルマを運転する人も、クラクションを鳴らして最下位の私を励ましてくれます。そして足を引きずりながら、ビリでゴール。タイムは制限時間(8時間)ギリギリの、『7時間55分28秒』で完走! ゴールでは30名ほどのボランティアの方が待ってくれていて、歓声の中、涙のゴールをしました。

 長く、厳しいレースが終わったあと、頭の中は真っ白になりました。涙が溢れ出て、心臓がドキドキして止まりません。レース直後、私は「終わった~! I finished to run!」と、ずっと叫んでいました。初めてのフルマラソンも、東京マラソンで自己ベストを出せたときも本当に感動しましたが、完走できたことが嘘のように感じたのは、この大会だけです。こんなレース、初めての経験でした。

 そしてレース中、「諦めたいという弱い気持ち」が出つつも、それに打ち勝つことができました。それほど私自身、心と身体の限界を何度も越えた過酷な大会だったと感じています。限界に挑戦したことで、「苦しくても、最下位でも、諦めずにゴールできたこと」が自信となりました。私の心も少しは成長したのかなと思うほどです。

 サイパンマラソンの50キロは、フルマラソンを超える「人生の修業の場」でした。挑戦して良かったと心から思っています。初の50キロ挑戦で、42.195キロ以外の大会も楽しいと、初めて知りました。予想を超える魅力が満載。ぜひ、みなさんにもチャレンジしてほしいです! 私もさらに鍛え、来年、再挑戦しようかなと考えています!

【今週のRUN日記】



3月2日(土) 50キロ @サイパンマラソン
3月3日(日) 休足日
3月4日(月) 休足日
3月5日(火) 休足日
3月6日(水) ウォーキング1キロ @赤坂~新橋
3月7日(木) 休足日
3月8日(金) 夜 10キロ @皇居外周

 今週の走行距離は61キロ。先週の東京マラソンも合わせると、2週間で100キロ以上走っていることになります! しっかり足の状態をチェックしながら、今週も練習に励みたいと思います!

 LET’S RUN WITH ME!!


【profile】
中島彩(なかじま・あや)
1987年8月1日生まれ、大阪府寝屋川市出身。慶應義塾大学法学部卒。元東海テレビ報道スポーツ局。現在はキャスト・プラス所属のフリーアナウンサー、タレント。身長158センチ。趣味はマラソンの他に、三国志研究、政治研究。

■web Sportiva東京マラソン特設サイトにて、試走ムービー公開中!

中島彩●文 text by Nakajima Aya

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