盛岡から大槌町役場へUターン

津波で町長と町職員の約4分の1を失った大槌町役場に、新人職員がやってきた。その一人がお隣の山田町出身の菊地亮佑さん(27)。Uターン就職で帰るはずの実家は地震で全焼し、避難所から出勤。仮設住宅の用地確保やがれき撤去などに奔走している。


 菊地さんは盛岡市内の警備会社に勤めていたが、「地域に密着した仕事がしたい」とふるさとに戻ると決めた。父は山田町職員。大槌町の試験に受かり、同じ公務員の道を選んだ。


 地震のあった3月11日は旅先の埼玉県にいた。テレビに映し出されたのは、炎に包まれる実家、そして津波の直撃を受けて破壊された新しい職場だった。


 山田町内にいる両親の無事を確認し、18日大槌町へ。正式な採用辞令を受けずに、役場機能が移った中央公民館で物資の運搬や被災者支援を手伝った。山田町内の避難所から公民館への出勤が始まった。


 大槌町の地震前の職員136人は、菊地さんら新採用13人を入れても107人に減っていた。4月1日、地域整備課に配属された。仮設住宅の用地確保などを担う重要な職場だ。同課職員は地震直後、町民を避難所へ誘導する準備などのため最後まで庁舎に残った。課員14人のうち12人が津波の犠牲になった。ほかの課からの寄せ集めの新態勢。「ゼロからのスタートはみな一緒だ」と開き直った。


 仮設住宅用地として民有地を借りようとしても、書類が流出して所有者が分からない。40キロ以上離れた宮古市の法務局に通い、登記簿をめくって調べた。必要な2千戸分の用地のめどがたつと、次は造成、水道や電気などインフラの整備……。並行してがれきの撤去を進めるのも菊地さんらの仕事だ。


 同課には、高校時代にラグビー部で一緒だった久保晴紀さん(27)もいた。菊地さんは「休めばそれだけ復興が遅れる。亡くなった先輩たちの志を受け継ぎ、ラグビーのように全力で前に進むしかない」と話す。

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この記事へのコメント

とも
2011年07月13日 21:12
大槌の役場職員が犠牲になったとニュースでやっていて心配してましたか今日やっと久保晴紀が生きてることが確認できてよかったです涙
これから頑張ってくださいほっとした顔
とも
2011年07月16日 20:04
川端大佑さんの安否はわかりますか?

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