フリースペースえん設立者西野博之さん「弱さを受け入れる社会へ」

いま、各地で放課後全児童対策事業が進んでいます。地域で遊ぶことより、大人の目が届く学校のなかに子どもを置いておくという事業です。多くの場合、子どもは、汚すし、危ないし、うるさいし、大人を困らせてハラハラさせたりする。そんななかに子どもの遊びはあります。大人は、キレイで、安全な遊びだけを求めるけれども、そんなの遊びじゃないんです。「安全のため」と言って、GPS機能のついた携帯などを持たされた子どもは、より強い監視下に置かれています。下校設定ルートを大きく外れたりすると、綜合警備保障の社員が迎えに行く、ということもあるそうです。「防犯」「安全」の名のもとに、「管理」が行き過ぎています。放課後や寄り道を奪えば、かならず子どもの心のなかに大きな闇を落とします。
学校の機能はできるだけ小さくしたほうがいい。まずは地域の中に、もっと遊び場を広げていくことが必要でしょう。大人の目が届かない「秘密基地」の世界が、地域や家庭のなかにこそ広がっていくべきなんです。学校教育はあくまで生涯学習の一つにすぎません。もっともっと街の中に眠っている教育資源を掘りおこすべきでしょう。

自立が成立する社会環境を

「フリースペースえん」がある川崎市子ども夢パークの中では、子どもは釘で遊び、ナイフやナタも使い、たき火をすることもできます。穴ぼこを掘ったとしても、元に戻さなくてもいいんです。明日来て、遊びの続きをしてもいいんです。たとえ、高いところから飛び降りて骨折したとしても、その子がやりたかったんだから、ケガは、その本人と親が引き受けるしかない。私たちの合い言葉は「ケガと弁当は自分持ち」。豊かな遊びを奪わないことは豊かな学びを奪わないことと同義です。たくさん失敗できることが大事。「えん」は失敗も含めて、たくさん挑戦できる、それを保障していこうという場です。

――最後に、教育改革に提言をお願いします。
「この私でいい」と思える社会は、自分の弱さを出し合うことができ、多様性が認められる社会でしょう。それはいろんな価値が位置づく社会、選択肢が見える社会、つらかったら逃げることが許される社会です。
今後は、自立観も変わっていかないと、子どもたちの生きづらさは変わることがないでしょう。自立とはたんに就労することではないと思っています。自立は、その人がまわりに「助けて」と言えること、人がつながりあえること、そういう関係のなかで、自立が成立するのではないかと思っています。
「えん」開設のときのパンフレットに書きました。「生きている、ただそれだけで祝福される。そんな場をつくっていきたい」と。子どもの命をまん中において教育再生を考えるべきなのではないでしょうか。
――ありがとうございました。

西野博之(にしのひろゆき)フリースペースえん設立者

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