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zoom RSS オウム死刑執行当日、公安調査庁が立ち入り調査したアレフ施設前は、思いの外ゆるい空気だった

<<   作成日時 : 2018/07/08 16:00   >>

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 7月6日、オウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚ほか教団幹部6名の死刑が執行された。報復テロなどの動きを警戒する公安調査庁は当日のうちに、オウムの現存団体であるアレフ、ひかりの輪、山田らの集団の全国の施設に立入検査に入った。いずれも団体規制法に基づく観察処分の対象団体だ。このうち、足立区入谷にあるアレフ施設への立入検査を取材した。

◆「上九に行ったことある感じの」報道陣はいない

 足立区入谷の住宅や工場、倉庫が立ち並ぶ一角にあるアレフ施設。2016年にアレフが札幌に大規模施設を開設するまでは、ここが国内最大拠点とされていた。

 同日正午前に施設前に到着すると、すでに数十人の報道陣が詰めかけていた。警察が警備に当たるほか、「公安調査庁」の腕章をつけた職員が周囲を行ったり来たりしている。テレビではすでに、死刑執行を受けて公安調査庁が同日中に教団施設への立ち入り調査を行う予定であることが報じられていた。

 死刑執行の情報は通常、執行後にメディアに発表され報じられる。今回は各メディアで指摘されている通り、執行前の手続きに着手した時点で報道され、順次、執行されるごとに報道される、半ば「公開処刑」にちかいリアルタイムの「死刑執行ショー」となっていた。

 公安調査庁の立入検査は、団体規制法に基づいて通常も度々行われている。しかし記者クラブメディアに事前に情報がもたらされても、報道されるのは実施後というのが通常だ。メディアにとっては速報性を争うほどの大事件ではないという事情もあるだろう。しかし今回は、検査が行われる前からテレビで予定が報じられた。これも異例だ。

 現場では報道陣が「大阪、名古屋(の施設)に(検査が)入った」などと情報を交わしながら、公安調査庁の到着を待つ。実施時間は不明なため、交通整理等で警察官が動くなどするだけで報道陣が一気にそちらに注目する。

 すでに現場から中継していたテレビ局もあったせいか、途中からユーチューバーらしき、スマートフォンやiPadを手にした明らかに報道関係者に見えない野次馬も加わってきた。

 何度か、アレフ施設の窓のカーテンが動き、隙間から外を覗き見る信者らしき人影が見えたが、人の出入りはなし。まったく動きのない現場で、みな、ただ待機していた。筆者の脇ではテレビのクルーがサッカー談義に花を咲かせていた。

 筆者の顔見知りのカメラマンがやってきた。1995年に当時の上九一色村にあった教団施設に強制捜査が入った時期、現場で取材した経験もあるベテランだ。彼は周囲の報道陣を見渡しながら言う。

「もう上九に行ったことある感じのやつ全然いねえな」

 報道陣の顔ぶれは見た感じ20〜40代といったところ。中心は30歳代か。95年当時にメディアで活動をしていたとは思えない人々ばかりだ。報道陣だけではない。現場にいる警察官や公安調査庁職員ですら、同じような年代が中心だ。筆者自身、95年当時は21歳。事件を取材した経験はない。

◆誰も「いますぐテロが起こる」という恐怖は持っていなかった

 午後2時50分。公安調査庁の職員が報道陣の前まで歩いてきて言った。

「これから立入検査を行います。職員の顔は撮影しないで下さい。徒歩です。あっちから来ます。間もなく。よろしくお願いしま〜す」

 のろのろと報道陣が撮影ポイントを確保し配置につく。ほどなく公安調査庁の職員が列をなして徒歩で近づいてきた。十数人といったところだろうか。先頭の責任者らしき職員以外は、皆若い。彼らもまた、多くはオウム事件をリアルに知らない世代だ。

 職員たちが施設の扉に向かう。その動きに合わせて報道陣もぞろぞろと移動し、職員を取り囲む。人数が多いため、完全な「メディアスクラム」だが、報道陣に殺気はない。現場によってはカメラマンたちが先を争って好ポイントを確保しようと押し合ったり「押すな!」「前に立つな!」と怒鳴り合ったりすることもあるが、ここではそんな雰囲気はまったくない。おかげで筆者は難なく報道陣の最前列、いや公安調査庁職員より前の位置を確保して撮影することができた。

 公安調査庁職員が敷地の外壁の扉についたインターホンで検査の旨を告げ、扉を開けるよう求めるが、反応はない。

「ここで急に扉が開いて、中からVX(※オウム真理教の一連のテロ事件でも使用された猛毒の神経剤の一種)でも撒かれたら自分も含めて全員死ぬだろうな」

 そんな考えも頭をよぎったが、いまここでテロが起こるかもしれないというリアルな恐怖はまったくない。他の報道陣も同じだろう。数十人が、筆者のすぐ隣や背後で、扉のすぐ前まで近づいて取材していた。

◆ゆるい雰囲気と似つかわしくない「ものものしい」人数

 自動車の出入り用の大きなゲートは開きっぱなしだったため、職員たちはそこから敷地に入り、建物の扉の前で再び声をかける。10分間ほど、アレフは呼びかけに応じなかったが、やがて扉が開き、職員らが中に入っていった。

 現場は再び静かになった。検査が終わるまで取材を続けるつもりなのだろう。多くの報道陣がまた待機に入る。

 筆者は別の用事があっため現場を離れた。先ほどの顔見知りのカメラマンは検査開始前に別の仕事のため現場を離れていたので、電話で連絡した。

「いま検査入りました。ぼくも用事あるので離脱します」

「オレいま現場着いたよ。帰っちゃうなんてバカだな。これから事件が起こるってのに」

「公庁が入ったところで、アレフがビルごと自爆でもするんですかね」

「そうだよ」

 そんなニュースは最後まで流れなかった。

 もちろん、テロを警戒すべき団体であることに違いはない。公安調査庁の調査も必要なものだ。しかし筆者自身も、おそらく現場に詰めかけた報道陣も野次馬も、その場でテロが起こる可能性など全くリアルに感じてはいない。

 ならば、この緊張感のない人数ばかりの「ものものしさ」は一体何なのだろう。

「いくらなんでもテロまではやらないだろう」

 きっと皆がそう思っている。そして94年と95年にオウムが無差別テロを実行するまで、オウムがそこまでやると予想していた人は、やはり多くなかったはずだ。

◆区切りはついたが、「オウムをめぐる問題」は解消していない

 この日の現場の様子を、実体のないカラ騒ぎと捉えるべきなのか、感じるべき危険を感じることができない平和ボケと嘆くべきなのか。何か平衡感覚を失ったような気分に陥ってしまった。

 オウムの現存団体の問題はテロだけではない。正体を隠しヨガサークルなどを装う偽装勧誘。財産や労働力など信者からの収奪。信者と家族の断絶。社会の側からの信者に対する差別や排斥もまた、オウムの現存団体を維持させてしまっている要因であり「オウム問題」の一部だ。森達也氏らのように、麻原の指示によって起こされた事件であるという真相すら未だ不明であるかのように語ったり、麻原の裁判が不当に終結させられたかのように語ったりする「歴史修正」も、今後に影響する重大な問題だろう。

 テロを警戒することに異論はないが、テロ以外にも考えなければいけない問題が山積みだ。麻原の死によって、事件には確かに大きな区切りがついたことになるが、オウムをめぐる問題が解消したわけではない。

 テロ以外の残された課題について考える記事は近日公開予定。

<取材・文・撮影/藤倉善郎(やや日刊カルト新聞総裁)・Twitter ID:@daily_cult ※ロック中>

ふじくらよしろう●1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)

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