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zoom RSS 38歳、女性右翼活動家がアメリカと断固闘い続ける理由

<<   作成日時 : 2018/07/14 16:30   >>

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アメリカの正義を疑う
 戦闘服に戦闘帽、黒い編み上げブーツ。右翼活動家としての、それが彼女の"正装"だ。

 仲村之菊(みどり)。38歳。──右翼団体「花瑛塾(かえいじゅく)」(本部・東京都)の塾員である。同塾では"副長"の肩書を持つ。

 その日も、仲村はたったひとりで沖縄の米軍基地ゲート前にいた。

 "コワモテ"をイメージさせる装いだが、上半身を包むトレーナーには「米国の正義を疑え!!」という文字がプリントされている。

 彼女は基地と道路の境界線を示す"イエローライン"に仁王立ちした。脇に抱えたトラメガ(拡声器)のスイッチを入れると、米軍基地に向けて、恒例の街宣活動を始めた。

 「私の声に耳を傾けてください」

 穏やかな声だった。よくある絶叫調のアジ演説ではない。

 一語一語を丁寧に区切り、目の前の人に語りかけるような口調だ。

 「私は沖縄の美しい海を守りたい。森を守りたい。子どもたちが安心して生きていける沖縄であってほしいと思っています」

 「沖縄の痛みを理解したいと思う。戦争の傷痕、記憶に思いを寄せたいと思う。そして、基地のない島を目指す沖縄の人々に寄り添っていきたいと思います」

「どうか、一緒に考えていただけませんか」
 仲村は、米軍の新基地建設に対する抗議を訴えていた。

 周囲に人の姿はほとんどない。

 演説を聞いているのは、ビデオカメラを回しながら彼女を監視している基地の警備員だけだった。

 仲村は毎回、市民が座り込む場所から離れたところで抗議活動をおこなう。

 「基地に反対する人々の中には、右翼と一緒に見られるのは嫌な人もいるだろうから」という彼女なりの"配慮"でもあった。

 時折、頭上をオスプレイがバタバタと独特の轟音をまき散らしながら通過する。

 仲村は空を見上げる。そのたびに、戦闘帽の一部がキラキラと光る。

 よく見れば、戦闘帽の正面には、まるで記章のように、熊の顔をデザインしたガラス製のブローチが付けられていた。

 南国の陽を受けて、多面体のガラスからプリズムが生まれる。繊細な光の放射だけが、仲村の穏やかな演説を唯一盛り立てていた。

 30分間の街宣活動を締めくくったのは、次のような言葉だった。

 「どうか、一緒に考えていただけませんか。沖縄の人々の思いを拒絶しないでほしい」

 仲村は監視の警備員に向けて、ぺこりと頭を下げた。

反主流派の右翼として
 それにしても、彼女はなぜ、米軍の新基地建設に反対するのか。

 いや、私自身も基地建設には反対だし、沖縄県民の半数以上もそうだろう。

 だが、仲村はれっきとした右翼だ。

 私は基地建設の現場で、多くの右翼を目にしてきた。いずれも、建設に反対する人々を恫喝し、嘲笑する者ばかりだった。

 座り込む市民に対し、「出ていけ」とあらん限りの悪罵をぶつける右翼がいた。

 デモ隊に街宣車で突っ込もうとする右翼がいた。

 反対派市民のテントを破壊しようとして逮捕された右翼もいる。

 ときには元在特会(在日外特権を許さない市民の会)メンバーが主体となっている差別者集団も姿を見せる。

 彼らは高齢者を指さして笑いながら「臭い!」とわめき、さらには民族差別を煽るヘイトスピーチを繰り返していた。

 そう、右翼は常に基地建設に反対する市民に向けて吠えていた。

 だが、仲村は違う。彼女の視線の先にあるのは米軍基地であり、そして日本政府だ。

 「(基地建設反対は)民族派としては当然の主張だと思うんです」

 仲村は気負うことなく、穏やかな口調のままに話を続けた。

 「他国の軍隊が居座っているような状態を許容するほうがおかしい。自然を破壊され、主権を踏みにじられているというのに、黙っているわけにはいきません」

右翼が米軍基地を批判しないのは、なぜ?
 仲村が右翼の世界に飛び込んだのは20年前、18歳の時だった。

 右翼の街頭演説を聞いたことで、社会に関心を持ったのだという。

 右翼団体の中では大手とされる「大行社」に籍を置き、さまざまな活動に関わってきた。

 北方領土返還運動や拉致問題解決の要求、日教組大会に出向いての街宣──。自民党本部で消火器をぶちまけて警察に拘束されたこともある。

 彼女は間違いなく武闘派に数えられる右翼人士のひとりだった。

 だが、活動を続けるなかで小さな矛盾が仲村の中に芽生えた。

 それは、やがて大きな塊となって、彼女を苦しめる。拭い去ろうにも、微動だにしない矛盾──右翼としての仲村を苦しめたのは、沖縄の「基地問題」だった。

 なぜ、右翼は真正面から米軍基地を批判しないのか。

 なぜ、右翼は圧倒的に日本が不利な日米地位協定に反対しないのか。

 なぜ、右翼は米軍基地に反対する市民をすべて"左翼"だとして片づけてしまうのか。

 右翼の運動が「反左翼」を主軸としてしまったがために、基地問題を都合よく合理化させているようにしか思えなくなった。

 「右翼は国体の護持を主張しながら、沖縄に米軍が駐留している現実に大きな関心を寄せていない。いまでも占領下にあるのと同じことではないですか」

組織を取るか、自分の考えを貫くか
 実は、「大行社」のなかには、仲村と同じ思いを抱えている同志がいた。現在、「花瑛塾」の塾長を務める木川智(33歳)である。

 木川は学生時代からの右翼活動家で、2004年にはゼネコンに乗り込んで拳銃をぶっ放すという物騒な事件も起こしている。

 彼もまた武闘派の先頭に立っていたが、一方で、沖縄が強いられた"植民地状態"に、ずっと疑問を持ち続けてきた。

 16年11月、木川は「大行社」を離れ、新たな民族派組織として「花瑛塾」を立ち上げたのであった。

 仲村も当然のように創設メンバーとして参加した。。

 「迷いがなかったかと言えばうそになる」と仲村は言う。

 「尊敬できる先輩もいました。私を右翼として育ててくれた人もいます。20年も関わってきた組織に愛着もありました。それでも、どうしても、沖縄の現状に無関心でいられることはできなかったんです」

 組織を取るか、自分の考えに忠実に生きるか。さんざん悩んだ挙句、仲村は後者を選んだ。

 「民族派であるからこそ、基地問題を無視できないのです。沖縄だけに基地を押し付けているのは、日本人としてあまりに不誠実とも思いました」

 沖縄が強いられた苦痛に「誠実」でありたいと考えた。

 慣れ親しんだ組織や仲間よりも、それは右翼人として優先されるべきことだった。

愛国者としての立場
 「花瑛塾」の設立趣意書には、次のような一文が記されている。

 <神道信仰において国土山川草木は神の生みの子であり、それは人間も同様です。

 そうであれば神と人と自然は本質において繋がっているのであり、人間の欲得の為に安易に破壊してよいものではありません。

 これは原発問題や基地問題にも通底することであり、神道信仰と神道精神に立つ時、自由民主党の財界優先政治にも対決しなければならないはずです>

 右翼の源流ともいうべき自然信仰が、そこにはある。

 また、愛国者を自称しながら、米国に追従するだけの政府や右派に対する反発も隠さない。

 塾長の木川は、私の取材に次のように答えている。

 「琉球処分以降、沖縄では常に地元の人々の意思がないがしろにされています。

 日米両政府に翻弄されてきた負の歴史も直視すれば、愛国者としての立場は自ずと定まります」

 だが、そのような考え方は右翼の中にあっては異端でしかなかった。

 「中国の脅威はどうするのか」

 「左翼勢力を利することになるのではないか」

 基地建設反対という立場から沖縄に言及すれば、そうした反応が相次ぐ。

地元右翼団体との軋轢
 実際、沖縄で古くから活動している右翼団体にとって、「花瑛塾」は地元右翼に対する"敵対組織"以外の何ものでもない。

 糸満市に本部を置く右翼団体の会長(50歳)は、私の取材にこう答えた。

 「理解できない。カネのために動いているんじゃないのか」

 宜野湾市の別の団体代表(46歳)も、「(花瑛塾は)左翼を煽っているだけの連中だ」と突き放す。

 仲村にとって、このような反発は当初から織り込み済みだった。

 「中国の脅威というが、沖縄を苦しめているのは米軍の脅威です。

 中国脅威論というのは結局、米軍を留め置くための口実として利用されているだけではないでしょうか。

 過去に沖縄を侵略したのはヤマト(日本)と米国だけです。

 それを棚上げして中国の脅威ばかりを煽るのは、どう考えてもおかしい。

 そのうえ、あまりに不平等な日米地位協定を容認するなど、民族派として許容できるわけがない」

 一方的に押し付けられる米軍基地に反対し、沖縄に向けられる偏見とも闘うことこそが右翼の“正道”だとするのが「花瑛塾」の考え方だ。

本来の右翼の、あるべき生き方とは
 だからこそ、沖縄の基地反対運動を茶化し、反対運動参加者を「テロリスト」などと報じた『ニュース女子』(TOKYO MXなどが放映した情報番組)にも、「沖縄蔑視」「デマの流布」だとして繰り返し抗議の声を上げてきた。

 これまでにも、放映局であるTOKYO MX前で抗議街宣を行ったほか、同局に対し、報じた内容の根拠を問う質問状などを送っている。

 「沖縄は、茶化されるためにあるわけでも、日本の捨て石として存在するわけでもない」

 仲村はそう強調した。

 その点に関していえば、私は全面的に同意する。

 かつて、右翼を「民族の触角」と表現したのは民族派の重鎮として知られた野村秋介だった。

 時代への感受性と、危機に直面した際の順応性を、野村は火事場の半鐘に喩えた。

 尻込みしない。素早く駆け付ける。人々の命を守るために自らが盾となる。

 必要とあらば、そのための暴力でさえ肯定した。

 人々の素朴な心情に寄り添うのが右翼だと説いた。

 「弱いものが強いものに抗するための暴力が必要な時はある。

 だが、一般の人に体を張れと言うことはできない。そのために民族運動家がある」

 それが野村の持論だった。

 実際、野村は大資本には容赦なく戦いを挑んだが、在日コリアンなどマイノリティに対する差別は許さなかった。

 本来の右翼・民族派のあるべき生き方とはそのようなものだったのではないか。

「それが私の"愛国"です」
 仲村は自身の思いとして「国体護持」を何度か口にしたが、彼女の立ち位置は権力からもっとも遠い場所にある。

 強い力によって押しつぶされた側、苦痛を強いられた側、理不尽を飲まされた側に、彼女は寄り添う。

 座り込む高齢者を指さして笑うこともないし、戦争体験者を馬鹿にすることもない。

 もちろん民族差別も許さない。

 それが、右翼という世界を生きてきた彼女の、辿り着いた地平だった。

 差別と偏見を抱えて人を見下し、嘲笑するだけの右派が多いなかで、仲村のような存在は貴重だ。

 「真摯に歴史と向き合う。矛盾から逃げない。そして、日本社会の中にある差別を許さない。それが私の"愛国"です」

 この8月、いよいよ辺野古(名護市)で新基地建設のための土砂投入が予定されている。

 おそらく仲村も現場に駆け付ける。

 熊のブローチをキラキラと光らせながら、「沖縄を守れ」と訴えているはずだ。

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