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zoom RSS 自分の無知を自覚していない人が残念なワケ

<<   作成日時 : 2018/05/01 09:00   >>

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インターネット上に流布する「フェイクニュース」が問題になっている。出どころが怪しい真偽不明の情報を、人はなぜ信じてしまうのか?  深く考えずにわかった気になるのを逃れるすべはあるのか?  
『知ってるつもり――無知の科学』の著者で、認知科学者として長年研究を重ねてきたスティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックの2人が、私たち人間が陥りがちな「自らの理解度を過大評価してしまう」という罠について解説する。

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■9.11や3.11は予測できたか? 

 ジェラルド・R・フォード、ジョージ・W・ブッシュ両大統領の下で国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドの、有名な言葉がある。

 「世の中には、わかっているとわかっていることがある。これは自分たちにわかっているという事実がわかっていることだ。一方、わかっていないことがわかっていることもある。つまり、自分たちにはわかっていないという事実がわかっていることだ。しかし、わかっていないことがわかっていないこともある。自分たちにわかっていないという事実すらわかっていないことだ」

 わかっていないことがわかっているなら、対処できる。難しいかもしれないが、少なくとも何に備えればいいかは明白だ。攻撃が来ることはわかっているが、いつ、あるいはどこから来るかはわからないという場合、軍は兵に招集をかけ、武器を準備し、できるだけ臨機応変に対応できる体制を整えておけばいい。

 2001年初頭の時点で、治安当局にはニューヨークのワールド・トレード・センターが中東のテロリストの標的となっていることはわかっていた。実際に1993年には攻撃を受け、6人の死者と1000人の負傷者を出している。テロの標的であることがわかっていたので、警備員を増員したり自動車用のバリアを設置したりするなど、セキュリティを高める対策をいくつも打っていた。

 しかし本当に問題なのは「わかっていないことがわかっていないこと」だ。何に備えればいいのかもわからないのに、どうすれば備えなどできるのか。2001年9月11日に大型旅客機がミサイルとして使われ、ワールド・トレード・センターが崩壊するなどと、誰が予測できただろう。このテロ攻撃によってアメリカ人の安全保障に対する認識は一変し、それがアフガニスタン、イラク、シリアでの大規模な戦争から、新たな戦争やテロ組織の台頭まで、中東地域におけるさまざまな悲劇につながった。

「わかっていないことがわかっていないこと」に悩まされるのは、軍事戦略家だけではない。それは誰もが向き合わなければならないものだ。株式取引に本質的にリスクがともなうのは、いつなんどき大事件が起きて市場が暴落するか、誰にもわからないからだ。

 2011年、巨大地震とその後の大津波に襲われた日本では、主要な株式指数である日経平均が17.3%下落した。「わかっていないことがわかっていないこと」はときに悲劇あるいは幸運(裏庭で宝物が見つかるなど)となって立ち現れ、家族の暮らしを一変させることもある。どれだけ知識があっても、わかっていないことがわかっていないことを予想することはできず、しかもそれは頻繁に起こる。

■説明しようとしてはじめて無知を自覚する

 人間がいかに「わかっていないことをわかっていないか」を明らかにする実験を、われわれは行った。

 実験ではさまざまな政治問題について人々に説明を求めた。被験者には実験当時(2012年)に注目を集めていたさまざまな政策について、賛成か反対かを尋ねた。たとえば以下のような政策について質問をした。

・アメリカ全土で一律課税を導入する
・二酸化炭素排出についてキャップ・アンド・トレード制度(政府が企業に排出枠を割り当て、その一部を他の企業と取引できる仕組み)を導入する

・イランに対して一方的に制裁を科す
・社会保障制度上の退職年齢を引き上げる
・国民皆保険制度を導入する
・教師に対して能力給を導入する
 まずは被験者にその問題に対する自らの理解度を7段階で評価してもらった。続いてその政策を実施した場合のさまざまな影響を説明してもらった。

 たとえばキャップ・アンド・トレード制度についての設問は次のような文面だった。「二酸化炭素の排出に対してキャップ・アンド・トレード制度を導入した場合の影響について、最初の段階から最後の段階まで順を追ってできるだけ詳しく説明してください。またそれぞれの段階の因果関係についても説明してください」。そして最後にもう一度、問題に対する理解度を評価してもらった。

 被験者の説明能力は、かなりお粗末だった。ごくわずかな例外はあったものの、政策の仕組みについて説明を求めても語れることはほとんどなかった。説明できるほどには理解していなかったのだ。

 そして説明できなかったことを反映して、2回目に自らの理解度を尋ねたときには1回目よりも評価を下げていた。2回目の評価で理解度を引き下げたのは、要するに「自分が思っていたほど知らなかった」と言っているのに等しい。こうした思いこみは、認知科学の用語で「説明深度の錯覚」と呼ばれる。説明深度の錯覚により、私たちは往々にして裏づけもないのに強固な意見を持ってしまうのだ。

■不完成な自転車の略図、欠けている部品は何か? 

 「説明深度の錯覚」のわかりやすい例が、自転車についての知識である。リバプール大学の心理学者、レベッカ・ローソンは同大学の心理学を専攻する学部生に、不完成な自転車の略図を見せた。

 その自転車にはチェーンやペダルもなく、フレームの部品もいくつか欠けていた。ローソンは学生に欠けている部品を描き込むよう求めた。フレームのうち、欠けている部品は何か。チェーンやペダルはどこにあるべきなのか。

 この問いに答えるのは意外と難しい。ローソンの研究では、被験者のほぼ半分が、図を正しく描きあげることができなかった。欠けている部品を描き込むのではなく、正確な図1つと不正確な図3つを見せられ、正しいものを選ぶように言われたケースでも、正答率はさほど上がらなかった。被験者の多くが、チェーンを前輪と後輪の両方にかかるように巻いている図を選んだが、実際にはそれでは自転車は曲がることができない。

 この問題に楽々と答えられそうなサイクリストですら、完璧とはほど遠かった。よく知っているはずのモノ、それも日常的に目にする簡単に理解できそうな仕組みで動くモノに対してすら、理解がこれほど不完全で浅いというのは衝撃的である。

■物事は思っている以上に複雑である

 身の回りのちっぽけなモノにも実はさまざまな側面があり、その一つひとつが複雑性をもつ。

 たとえばヘアピンを完全に理解するには、その現在の用途と潜在的用途をすべて理解する必要がある。さらにヘアピンに含まれるさまざまな素材、その素材の原産地、製造過程でどのように使われるか、ヘアピンがどこで販売され、誰が買うのか、といったことまで理解しなければならない。ここに挙げた疑問の1つひとつにきちんと答えていくと、さらにまた別の疑問がたくさん湧いてくる。

 たとえばヘアピンを買うのは誰かを理解するには、ヘアスタイルを分析する必要があり、それにはファッションやその社会的背景まで理解しなければならない。

 コンピュータ・サイエンティストはこのように情報ニーズがひたすら膨らんでいく様を「組み合わせによる爆発」と呼ぶ。完全な理解を得ようとすると、次々と理解しなければならないことが増えていく。完全な理解を得るために理解しなければならないものの組み合わせはあっという間に増えていき、抱え込もうとすれば爆発してしまうだろう。

 世界の複雑性はおよそ私たちの手に負えるものではないことを示す数学的概念はもう1つある。カオス理論だ。カオスシステムにおいては、プロセスのはじまりのちっぽけな違いが、最終的に途方もない違いを生む。

 有名なたとえが、中国での蝶のはばたきがアメリカでハリケーンを起こす可能性がある、というものだ。崖から落下するときの速度が徐々に加速していくのと同じように、カオスシステムではちっぽけな違いが増幅されていく。

 科学史家のスティーブン・ジェイ・グールドは、カオスという概念が歴史研究に複雑さをもたらすと指摘する。「ことのはじまりにおける特別な理由もないささやかな出来事が、次々と結果の連鎖を生み、あとから振り返ると特定の未来が必然であったような印象を与える。しかし初期の段階でちょっとした刺激があれば、軌道がずれ、歴史は別の道筋をたどり、当初の道から少しずつ乖離していくだろう。当初の逸脱が一見、とるに足らないものであっても、最終的な結末はまるで違ったものになる」。

さまざまな出来事はあとから振り返ると必然に思えるというグールドの指摘は、人間の無知に対する深い洞察と言える。物事はどのようにして起こるのか、私たちはまるでわかっていないのだ。

■無知を自覚して世界一にのぼりつめたヘッジファンド

 ここまで、私たちが驚くほど無知であること、自分で思うより無知であることを見てきた。また世界が複雑であること、私たちが思うよりずっと複雑であることも見てきた。ならばなぜ、これほど無知な私たちは、世界の複雑さに圧倒されてしまわないのか。知るべきことのほんの一端しか理解していないのに、まっとうな生活を送り、わかったような口をきき、自らを信じることができるのか。

 それは私たちが「嘘」を生きているからだ。物事の仕組みに対する自らの知識を過大評価し、本当は知らないくせに物事の仕組みを理解していると思い込んで生活することで、世界の複雑さを無視しているのである。実際にはそうでないにもかかわらず、自分には何が起きているかわかっている、自分の意見は知識に裏づけられた正当なものであり、行動は正当な信念に依拠したものであると自らに言い聞かせる。複雑さを認識できないがゆえに、それに耐えることができるのだ。

 みなさんも小さな子どもが「なぜ」「なぜ」と繰り返し質問し、聞かれた大人が最後には「だからそういうものなの!」と会話を打ち切る場面を見たことがあるだろう。子どもは物事が複雑であること、何かを説明しようとすると次々と新たな疑問が湧いてくることを、なんとなくわかっている。「説明深度の錯覚」は、大人が物事は複雑であることを忘れ、質問するのをやめてしまったことに起因するのかもしれない。探求をやめる決断をしたことに無自覚であるために、物事の仕組みを実際より深く理解していると錯覚するのだ。

 あらゆる意思決定に際して細かな情報をすべて理解するのは現実的ではないが、少なくとも自らの理解に欠落があることを認識しておくのは有益である。金融業界においては、自分が何を知らないかを知っていることが、投資家としての成功をもたらす場合もある。

 これはヘッジファンドのブリッジウォーター・アソシエイツの創業者で、最高投資責任者の一人であるレイ・ダリオのアドバイスだ。

 「私が成功した理由は、知らないことへの対処方法にある。私は自分の考えのどこが誤っているかを考える。反論してくれる人間に会うと、うれしくなる。物事を彼らの視点から見て、これは正しいのか、間違っているのかと考えることができるからだ。このような学習経験によって知識が深まり、より良い意思決定につながる。このように、知っていることより、知らないことに対処することのほうが大切なのだ」

 自分が知らないことを自覚することで、ダリオはコミュニティを活用するすべを身につけた。これがきわめて有効な戦略であったことは明らかだ。ブリッジウォーターは現在、世界最大のヘッジファンドとなっている。これはあらゆる意思決定を下すときに参考にすべきアドバイスだ。

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