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zoom RSS 「書かなあかん」 80歳記者、孫世代とスクープ合戦

<<   作成日時 : 2018/04/24 11:17   >>

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 80歳の事件記者、中京テレビ(日本テレビ系列)三重支局の服部良輝さんが5月末で引退する。新聞社専属の運転手から記者に転じ、定年後の再就職を機に警察回りになってからは事件一筋。孫ほど年が離れた駆け出しの記者たちとスクープを競ってきた。

 津市の三重県警本部。その一角にある記者クラブに服部さんは常駐して24年になる。事件の広報などがあると、担当課に出向いて取材するのが日中の仕事だ。

 「捜査中なので言えません」。口が堅い警察官に「ちょっとだけ教えて」と白い歯を見せてにっこり。警察官は「服部さんにはかなわんわ」と苦笑する。

 1938年、農家の四男として生まれた。定時制高校を卒業した21歳の時に友人のすすめで毎日新聞津支局の運転手に。記者を取材現場に送迎するのが主な仕事だったが、写真の現像を覚え、季節の写真を撮ったり、小さな原稿を書いたりするようになった。「翌日の新聞ですぐに成果として表れるのが面白かった」

■伊勢湾台風・名張毒ブドウ酒事件も取材

 入社直後に起きた伊勢湾台風や61年の名張毒ブドウ酒事件では、現場の聞き込みに加わった。奥西勝元死刑囚は一審で無罪判決を受けたが、二審で逆転有罪に。死刑確定後も無実を訴え続け、再審請求中に獄中死した。「今みたいな科学捜査の技術があれば、真相が明らかになっていただろう」と振り返る。

 60年代は高度経済成長のひずみも目の当たりにした。四日市ぜんそくだ。大気汚染が深刻な街には鼻をつくような臭いが立ちこめ、空はよどんでいた。せき込む子供たちの姿もあった。「経済成長も大切やけど、その一方で苦しんでいる人がいることをみんなに知ってほしい。それを伝えられるのは報道しかない」と感じたという。その思いを抱き続け、念願の編集部鈴鹿支局へ異動になったのは39歳の時だった。

 55歳まで三重や愛知に勤務し、毎日新聞を退社。経験を買われて再就職した中京テレビで初めて事件の担当になった。朝晩に警察官の自宅を訪れ、捜査の進み具合を聞き出す「夜討ち朝駆け」にも挑んだ。検察幹部の官舎前では、警備員に「ここで何しとるの」と見とがめられ、警察官を呼ばれたことも。「こんな年寄りの記者がいるわけない、と思ったんでしょう」

 渾身(こんしん)のスクープを放ったのは2014年。76歳の時だ。中学3年の女子生徒(15)が遺体で見つかった事件で、他社に先駆けて容疑者の逮捕をスクープした。「捜査線上に1人いる」。多数の捜査員から少しずつ聞き出し、高校生の少年が強盗殺人などの容疑で逮捕されたことを報じた。「読者が一番知りたいのは犯人の人となり。それを早く伝えるスクープこそ記者の矜持(きょうじ)だ」と胸を張る。

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