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zoom RSS 幻の「木製戦闘機」計画 飛騨の匠が製造、資料は焼却

<<   作成日時 : 2018/04/02 23:58   >>

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 「飛驒の匠(たくみ)」には木製の戦闘機を造った歴史がある。ところが、機体も設計図も写真すらも残されていない。そんな中、その歴史をテーマに開かれたフォーラムに、太平洋戦争中の同じころに岐阜県高山市で造られた木製グライダーの写真が持ち込まれた。フォーラムに参加していた同市の家具メーカー・飛驒産業の本母(ほのぶ)雅博専務は「写真の場所は当社で、当社が中心となって進めた戦闘機造りの現場を示す初の写真。貴重な歴史の証言だ」と話した。

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【写真】高山工業高校の生徒が作った縮尺15分の1の骨組み模型を持つ室谷伸治さん(右)と飛驒産業の本母雅博専務=高山市の飛驒・世界生活文化センター

 木製戦闘機に関する一切が消えたのは軍の命令とされる。同市の田中彰・市史編纂(へんさん)員によると、1945年8月の終戦後すぐ、市内の宮川の河原で、残っていた材料や書類が焼かれた。米軍に対する機密保持のためだったという。

 本母さんによると、木製戦闘機の基になったのは「疾風(はやて)・キ84」と呼ばれた陸軍の四式戦闘機。44年4月から量産され、終戦までに約3500機が南方などに飛んだが、現存は鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館にある1機だけ。「キ106」と呼ばれた木製戦闘機に関する資料は、飛驒産業の技術者・小島班司さん(故人)が残したメモなどしか残っていないという。

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