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zoom RSS 【東日本大震災7年】陸前高田で避難所生活実体験 災害への備えの大切さ痛感

<<   作成日時 : 2018/03/10 20:57   >>

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11日で7年を迎える東日本大震災で得た教訓を長野にどう生かしていくのか−。岩手県の陸前高田市で行われた大規模災害発生直後の避難所生活を実体験する研修会に参加する機会があり、その思いを一層強くした。研修会では、押し寄せる空腹と疲労、眠れぬほどの寒さ。1泊2日の体験だったが、こらえるだけで精いっぱいの過酷な時間だった。長野でもいつ災害が発生するのか分からない。備えの大切さを痛感した。

 ◆名簿が臨時の住民票

 研修会の名称は「いざ・トレin陸前高田」。同市と岩手日報社などでつくる実行委員会が、震災の体験を伝え共有しようと、今年初めて企画した。

 2月14日午後1時過ぎ、岩手県盛岡市から車で2時間弱。太平洋を望む陸前高田市に着いた。山間の道を抜けてきた際に見たのは、復興工事のために頻繁に行き交うトラックだった。まだ震災の爪痕はありありと残っているのだ。

 会場となったのは震災当時、最大で約160人が身を寄せた陸前高田市スポーツドーム。避難所の運営に携わった同市在住の菅野修さん(64)が講師を務めた。

 最初に作業を指示されたのは、避難者名簿の作成だった。とりあえずは自分の氏名や年齢、住所をカレンダーの裏側に書くように、とのこと。そう難しくない作業だが、震災時には、県内外の家族らから安否の問い合わせがあった際、「臨時の住民票」として使われるという。

 子供や配偶者ら家族の安否が分からないとき、残された人の心配や不安はいかばかりか。とても大切な作業なのだと実感した。

 いつもならそろそろ夕食の時刻だ。だが、研修期間なので腹を満たす食事はなく、我慢するしかなかった。多くの被災経験者も同じ体験をしたのだろう。気持ちを共有するために来たのだから、そうするよりほかにないと自分に言い聞かせた。

 寝床は、被災当時にも使用され、熊本地震のときも貸し出された大型テント。午後10時半ごろ、渡された寝袋に入り込み、上半身を毛布でくるめる。吹き込む風が冷たくてまったく寝付けなかった。

 翌日の正午、陸上自衛隊岩手駐屯地の隊員らが炊き出しにやってきた。メニューは塩むすびと豚汁。100人分が用意された。24時間ぶりに手作りの食事を口にし、体の芯まで温かくなった。

 ◆言い分聞かないのも手

 避難所では大震災の発生後、約40世帯が避難生活を送ったそうだ。このうち、最も長く暮らした世帯だと約5カ月間にわたった。

 菅野さんによると、避難所のコミュニティーを維持するためには、ルールの徹底が欠かせないという。それにはルールを策定するときに、「8割の同意」が大切なのだと教えてくれた。全員の賛同が得られなくても、大勢の支持があって決まったルールは、貫く必要があるとも話していた。「時には相手の言い分を聞かないことも必要」。避難所の管理・運営は、強い使命感がなければ到底、できない。

 「避難所内での飲酒は禁止」「食事の時間と場所」「就寝時間」といったルールを定め、3回、違反した人には退場を求められるようにした。度ごとにイエローカードを渡す仕組みだったといい、「ここまで厳格に施行するのか」と驚かされた。

 警備、給食、救急、掃除の4班態勢を敷き、それぞれきちんと役割を果たしてもらい、コミュニティーの衛生や防犯も維持した。

 菅野さんは、役場との調整や物資の調達をする際、煩雑な手続きを率先してこなした。市体育協会事務局長に就いていたので、行政の仕事に慣れていたことが幸いした。

 だが、菅野さんのような人材がどの避難所にも存在しているわけではない。それにもし、被災者の数も多い都市部だったら、ルールがどこまで徹底されるのだろう。指導力を発揮できる人が何人必要なのだう。

 菅野さんは「自治体も地域でも災害時を想定したマニュアル作りを徹底してほしい」と呼びかける。

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