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zoom RSS (教えて!天皇の代替わり:1)昭和から平成、29の儀式・行事

<<   作成日時 : 2018/03/08 22:41   >>

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 来年4月末に天皇陛下が退位し、5月1日に皇太子さまが新天皇に即位します。逝去ではなく、退位で天皇が代わるのは江戸時代の光格天皇以来、約200年ぶり。どんな儀式や行事があるのでしょう。昭和から平成の例をひもときながら、現代にふさわしい代替わりのあり方を8回にわたって考えます。
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 平成ログイン前の続きという時代は、重苦しい空気の中で幕を開けた。1989(昭和64)年1月7日午前6時33分、皇居・吹上御所。太平洋戦争の敗戦を挟み、62年余在位した昭和天皇が息を引き取った。一時、身の回りの世話をする「内舎人(うどねり)」として仕え、当日は宿直として御所に詰めていた牧野名助(もりすけ)さん(92)は午前4時ごろ、医師らが慌ただしく行き来しているのに気づき、天皇の異変を察知した。

 約4カ月間の闘病の末の逝去。官房副長官だった石原信雄さん(91)は「もしも、に備えた長くつらい111日だった」と回顧する。

 石原さんが副長官に就任したのは87年11月。昭和天皇はその2カ月ほど前に歴代天皇では初の開腹手術を受けていた。石原さんの最優先課題は、代替わりに伴う一連の行事と新時代の元号の準備だった。88年秋から天皇の体調悪化は再び深刻になり、内政審議室長の的場順三さんらと元号の準備を本格化させたという。

 昭和天皇が逝去した89年1月7日、内閣はただちに元号懇談会を招集した。あらかじめ漢学者らに考案を依頼していた三つの原案を示し、大多数の支持で「平成」が選ばれた。閣議決定を経て小渕恵三官房長官が発表し、翌8日から平成となった。

 皇位継承の儀式も始まった。7日午前10時、新天皇となった陛下がモーニングに黒ネクタイ、喪章をつけ、皇太子さまらと宮殿に入った。皇位のしるしとされる三種の神器のうち、剣とまが玉、そして日本国の印「国璽(こくじ)」と天皇の印「御璽(ぎょじ)」を受け継ぐ「剣璽(けんじ)等承継の儀」が行われた。

 皇位継承をめぐる主な儀式や行事は、90年12月までに29に及んだ。同年11月には、内外に即位を宣言する国の儀式「即位礼正殿の儀」と、皇室の私的な行事「大嘗祭(だいじょうさい)」が行われた。昭和までは両儀式とも古都・京都で行われていたが、政府は宿舎や輸送手段の確保、警備上の観点などから東京で行うのが望ましいと判断した。国際関係の進展で外国賓客が増えたことも踏まえた。即位礼正殿の儀は皇居・宮殿で最も格式の高い「松の間」で行われ、158カ国からの賓客を含む約2200人が集まった。

 ■大嘗祭、政教分離の論争に

 現在の憲法になって初めての代替わり。一連の儀式に関して、憲法が定める「政教分離」の原則との整合性が大きな議論となった。

 特に大嘗祭は、新天皇が新穀を神々に供え、共に食して五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る――という宗教色のにじむ儀式。石原さんは当時の海部俊樹首相らと相談し、各界の有識者から意見を聴いた。その結果、「国事行為にはしない」と決めた。だが、「皇位継承に伴う重要な儀式で公的な性格が認められる」として国費を支出することにした。即位の礼と大嘗祭に支出した国費は総額約123億円に上った。

 知事らが儀式に参列したことの合憲性を問う住民訴訟が各地で起きたが、社会的儀礼としての参列であり、「政教分離に反しない」とする最高裁判決が確定している。

 ただ、近畿地方の住民らが「国費支出は違憲」と支出差し止めなどを求めた訴訟で、二審の大阪高裁は、すでに支出が終了しているなどとして原告の主張を退ける一方、二つの儀式について「政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」と指摘した。

 政府は2019年秋に予定される大嘗祭についても前回と同様、国事行為とはしないものの、国費を支出する方針だ。

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