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zoom RSS パレードの警備、前回はどうだった?

<<   作成日時 : 2018/03/16 16:00   >>

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 武装した機動隊、無数の警察官――。1990年11月12日、東京はものものしい雰囲気に包まれた。

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 皇居での「即位礼正殿の儀」、その後に皇居周辺でのパレード「祝賀御列の儀」が予定されていた。警視庁は沿道などを中心に、全国からの応援部隊約1万1千人を含む約3万7千人の警察官を動員。1日当たりの動員数とログイン前の続きしては過去最大の厳戒態勢を敷いた。

 当時、全国各地で即位の礼や大嘗祭(だいじょうさい)などに反対する集会やデモ、ゲリラ事件が続いていた。90年1月には過激派の中核派が都内の常陸宮邸や京都御所を狙って迫撃弾を発射。直前の11月1日と2日には、革労協狭間派による警視庁独身寮を狙った連続爆弾テロが発生。警察官1人が死亡、複数人が重軽傷を負った。

 パレードが通る各商店街は祭りを中止したほか、休業する店が出るなど市民生活に影響が出た。

 「長き薄氷上の一日だった」。当時、警視庁警備1課長だった元警視総監の米村敏朗さん(66)はこう振り返る。最も手を焼いたのは迫撃弾対策。皇居を中心に半径数キロ以内に入ってくる車を検問し、公園や植え込みを徹底的に調べた。

 迎えた当日。朝から無線が鳴り響き、都内では34件のゲリラが発生。迫撃弾は都内数カ所から十数発発射された。大事には至らなかったが、「ビルの屋上から発射される可能性が高い」との情報を得ていた警備網の隙を突かれた形だ。

 パレードでは、両陛下は皇居・宮殿から東京・元赤坂の赤坂御所(当時)までの約4・7キロをオープンカーで30分かけて移動した。沿道には鉄パイプやロープで仮設の柵が設置。人々は事前に荷物検査やボディーチェックなどを受け、柵の内側で日の丸の小旗を振ってお祝いした。

 当時の報道によると、沿道で警備にあたった制服、私服警察官は計約1万人。うち6400人の制服警察官は観衆の前に配置された。車列が青山1丁目交差点付近に差しかかった際、爆竹が投げられた。けが人はなく、影響はなかった。

 さて今回。米村さんは「かつてのような治安情勢ではないが、前回の警備マニュアルや検討課題などは大いに生きるのでは」と話す。「愉快犯や動機が分からない事案はいくらでもありうる。prepare for the worst(最悪の事態に備えよ)です」

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