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zoom RSS 人気男性司会者 女形のカツラと衣装で人生が急展開

<<   作成日時 : 2017/04/12 19:35   >>

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水おしろいに島田髷。美しい着物姿。写真の見目麗しい女形は、人呼んで「お福さん」。OFUKUの名でお祝い事の席をはじめ、海外に日本文化を伝える祭典や最近では文部科学省国際教育推進課の招きで全国の高校や企業などで社会貢献を目的とする講演会に引っ張りだこ! 実はこのお福さんに扮する人物はブライダル業界に新風を巻き起こした実業家、長谷川高士さん。これまでに3500組以上のセレブ婚を司会、総合プロデュースしてきた株式会社ハセガワエスティの代表取締役会長です。その隣で笑うのは同社社長である阿久津五代子さん。何を隠そう、お二人は“元”夫婦。2人の子どもにも恵まれたものの、離婚。しかし、今なおビジネスパートナーとして一緒に仕事をしているのです。さらには阿久津さんが再婚後、新たに子どもができてからも、互いの家族を行き来し合う関係。大人同士、子ども同士みな仲良く一緒に食事をしたり、旅行に行ったり、家族ぐるみの付き合いが成立しているというのだから、すてきです。ここに至るまでは当然、家族の役割、在り方についての模索や衝突が数え切れずあったといいます。それにしてもなぜ、長谷川さんはお福となったのか? 決して「ダイバーシティー」の一言には収まらない、波瀾万丈のお二人と家族の関係を伺いました。


■社内託児所から始まった「南青山たんぽぽ保育所」

 株式会社ハセガワエスティは現在、ブライダル司会・演出業の最大手として年間1万8000件以上の映像・音響プロデュースを手掛けるだけでなく、婚活エージェントや海外ブランドコスメの輸入販売業など6つのグループ会社を有しています。その事業内容の一つには認可外保育園「南青山たんぽぽ保育所」の運営も。
 この保育園はもともと司会業として需要のピークを迎える30〜40代の女性社員が結婚、出産してもなお、仕事を続けられるように、福利厚生として社内完備されていた小さな施設が始まりだったとか。阿久津さん自身、事業拡大を推進してきた経営者であると同時に三児の母であることから「結婚しても子どもができても仕事は手放してはもったいない」と常々社員に言い聞かせているといいます。

 「仕事から長く離れると、司会者としてのリズムや勘が鈍ってしまうんです。月1本でもこなし続けることで仕事を辞めなくてもいいように」と、後輩たちが行き先を選べる道を用意したいと阿久津さんは考え、社内託児所を始めることに。
 やがて子宝事務所と呼ばれるほど働くママが増え、手狭になった社内託児所を社外に移し、保育所を完備。規模が小さいため、認可外ではあるものの、今では同社の社員の福利厚生施設として役割を果たすだけではなく、地域の働くママたちの利用も増え、常に予約待ちの状態が続いているといいます。「保育所経営を事業にしたのは、子育てだけでなく、キャリアとの両立の必要性を阿久津さん自身が経験上、感じたからですか?」と尋ねると、「全然そんなことはないんです。ただ、人生80年時代の今、うっかり仕事を辞めてしまうと、老後に困るでしょう? それだけの理由です」と笑いながら即答。
 何でも大好きな作家、遠藤周作の影響もあって「人間は死ぬときが大事」だという終末思想のようなものが阿久津さんの人生設計の根底にあるのだそうです。

 「子育ての期間は長いようで、案外短いものです。子どもが親の手を離れてからの人生のほうが長いんですから! せっかく仕事を続けるなら自分が得意な仕事のほうが幸せですよね? 育児を理由に仕事にブランクができてしまうと、復帰するのもなかなか難しい。そんな理由で好きな仕事を諦めなくてすむように、一時期はお給料の半分が保育費に消えたとしても、それは未来の自分への投資だと思って仕事は続けてほしいんです」

■OFUKU効果で子宝事務所がパワースポットと呼ばれるように
 「南青山たんぽぽ保育所」を運営するハセガワエスティが子宝事務所と呼ばれるのには、もう一つ理由があります。それはやはり、OFUKUの存在が大きい。最後に長谷川さんがOFUKUになった訳を明かします。

 きっかけは28歳で20億円の借金を背負い、崖っぷちに立たされた長谷川さんの目に飛び込んできたカツラと衣装。大学時代から続けていた芝居の舞台で使ったものが、そのときたまたま事務所にあったことがすべての始まり。

 「人生のどん底で、もうどうにでもなれ、という気持ちがあったのも確かです。誰に頼まれたわけでもないのに、ふと、『これを着て、銀座に出かけてみようかな』と思ったんです」

 「地下鉄の中で『どこか変なところはないかな』って車窓に映る自分をチェックしたりして。全身変なんですけど(笑)。ドキドキしながら銀座に向かいました。三越界隈で若い女性に話しかけられ、お茶をすることに。2〜3時間も他愛ないおしゃべりをした後、その子が『今度はいつ来るんですか?』って聞いてきたんですよ。そう言われたので、『じゃあ来週ね』と約束して。それが最初でした。そういって別れた後、それまでの暗い気分が吹き飛んで、なんだか理由も分からず、ワクワクしている自分に気づきました。それ以来“はまって”しまい、日本橋や伊勢丹に繰り出しては警備員さんに呼び止められて怒られて……」
 OFUKUに変身することで、自分が変わった。長谷川さんはそう言います。まるで幽体離脱でもしているかのように、真俯瞰から自分を見ているもう一人の自分。「八方塞がりの状況も俯瞰して眺めれば、何とかなる。大丈夫かもしれない、と自然に思えてきた」のだとか。ある日、とあるバーで神秘的な女性から「お福!」と呼び止められたのがきっかけでOFUKUと名乗るようになったそうです。

 「OFUKUになることで、どんな困難も『大丈夫、何とかなる』とちっぽけなことに思えてきた。もともとは自分自身を鼓舞するために始めた格好でしたが、次第に『OFUKUに会うと元気になる』『幸せになる』という言い伝えが一人歩きし始めたんです。なんだか、人のためにもなっているようだ、と気づいたとき、OFUKUの存在が自分の中でどんどん大きくなっていきました」

■自分を変えることで、新しい世界が見えてくる

 ブライダル業界でのお祝い事の席はもちろんのこと、OFUKUとして海外に日本文化を伝える祭典に幸せの伝道師として招かれたり、モデレーターを務めたり。JETRO食の祭典では日本代表として農林水産省から招かれたり、海外の放送局から取材依頼があったり。評判が評判を呼び、今では国内外からオファーが途絶えない、知る人ぞ知る人気者に。
 最近では、文部科学省国際教育推進課の招きで、全国の高校生を前に「一歩踏み出すために必要なこと」「言葉を超えたコミュニケーション」というテーマでの講演依頼もこなすなど、「開運」のためのアドバイスを求められることも増えてきたそうです。
 気になるのはOFUKUを見る人々の反応。もちろん、人それぞれ。フレンドリーに話しかけてくる人もいれば、存在しないがごとく目を背ける人も。

 「追い込まれたときに、自分自身OFUKUで救われたように、『何だ、あれ?』と笑うことでスイッチが切り替わることってあるんですよ。誰かにとってそんなきっかけになれればうれしいのでOFUKUを続けています。思い返せば、人生のどん底から這い上がったことそのものが、OFUKU効果かもしれないですね」

 「勇気を出してありのままの自分をさらけだせば、開けてくる扉がある」
 そんな阿久津さんの言葉も、OFUKUにつながっているようです。

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