警備資料

アクセスカウンタ

zoom RSS 「教育困難校」問題の解決には何が必要なのか

<<   作成日時 : 2017/03/10 23:03   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 高校卒業後10年目、15年目といった節目に行われる、同窓会やクラス会を楽しみにしている読者の方もいるだろう。しかし、いわゆる「教育困難校」では、これらの会はほとんど行われない。高校卒業後、非常に不安定な生活を続け、連絡先が不明となる場合も多いし、こうした会を企画、実行する力を持っている人も少ない。数千円の参加費を捻出できない人もいる。そもそも、「高校生活を思い出したくもない」「会いたい人もいない」「愛校心などまったくない」という人が多数であることが現実だ。

 そのため、教育困難校の教員は、自分が出会った生徒たちの卒業後の様子を知ることは困難である。個人的な信頼関係を結べた卒業生がいる場合のみ、その後の動静を知ることができるのだ。

 筆者にも、個人的につながっている卒業生がいる。

■本質をついた、鋭い質問を発した彼は

 そのうちの1人は、現在、2児の父になり、夫婦で自動車整備士として働いている。高校時代の彼は、高校になぜいるのだろうと思わせる生徒だった。やんちゃな同級生と一緒にいながらも、彼らとは少し距離を置いており、友人が悪さをしようとするとなだめることも多かった。もちろん、学力は低かったが、授業中に騒ぐこともなく、逆に授業内容に興味が持てると、思いつくままに本質をついた鋭い質問を発した。

 3年生になると、進路希望を自動車整備士になることと定め、学費の安い公立職業訓練校の受験を目指すようになった。信頼できる数学教員に過去問をもらい、相変わらず落ち着かない周囲に流されることなく、静かに勉強していた。筆者を気に入ったのか、よく雑談をしにきた。時には、やんちゃな友人を連れてきて、「先生、こいつ、先のことな〜んも考えてねえの。何とかしてやってよ」という難題を持ってきたりもした。勉強のかいもあって、教育困難校といわれるレベルの高校から入学するのが難しい、公立職業訓練校に合格した。そこで学んでいる間も、たわいのない話をしに、時々高校に顔を見せに来た。

新しい行動を起こす前の「リハビリ」時代
 卒業前のあるとき、「先生、相談があるんだけど……」といつになく真剣な表情でやってきた。最大手T社のディーラーと、彼が好きな外車の販売、修理を得意とする小さな自動車店と、どちらに就職すべきか迷っていると言う。もちろん、大手ディーラーのほうが給料も労働条件もよいが、もう片方の会社は社長が人間として魅力的で、面接の際に意気投合したというのだ。彼の中ではもう決断しているとその際は感じたのだが、後日やはり後者に就職したとの連絡が届いた。

 数年後、彼の結婚式に招待された。教育困難校の卒業生は、結婚式を挙げないことも多いので、教員が招待されることはかなり珍しい。彼のお相手は、公立職業訓練校で知り合った、彼より偏差値の高い高校を卒業した女性だった。このとき、彼の両親と初めて話をした。彼の中学時代、親戚への資金援助の問題が原因で、両親は不仲だったそうだ。

 敏感な彼は不安や不満を解消するためか、やんちゃな仲間とつるんで無免許でバイクを乗り回すなど、本当に手がつけられない状態だったそうだ。高校で見せていたのは、やり尽くした後、次を模索している表情だったのだと、筆者には納得できた。その後、両親の不和も収まったようで、この日は手を焼いた息子の結婚に両親とも涙を流していた。

 一昨年には、それぞれの両親から多少の援助を受けたものの、まだ20代で一戸建ての家を建てている。毎年もらう年賀状の家族写真の中の彼は、自分の進む先を見極めた堅実で落ち着いた顔をしている。

 彼にとって、高校での3年間は、あえて遠くの学校を選び、それまでの仲間から離れて中学時代の自分を「リセット」し、新しい行動を起こす前の「リハビリ」の時代だったのだろう。そして、受験という具体的な目標をきっかけに、必要なことを学びなおす、つまり「リメディアル」の場にもなったのだと思う。

 もう1人、つながっている卒業生を紹介したい。

■芯の強さも備えていた彼女は

 彼女が小学6年生のときに両親が離婚した。調理師だった父は小さな飲食店を経営していたがうまくいかず、夫婦仲は悪化。妻は2人姉妹を置いて出奔(しゅっぽん)した。父は住宅兼用店舗を売却して借家に移り、警備の仕事に就いた。しかし、職場の人間関係に悩んでうつ病になり失業。その頃、一家は同居する祖母の年金と生活保護で暮らしていた。

 家庭環境が慌ただしく変わる中で中学時代を過ごした彼女が、教育困難校に入学することになったのは仕方のないことだったのだろう。当時の彼女は、地味な眼鏡をかけた細身で表情の乏しい生徒だった。言われたことはしっかりやるが、自分から話したり行動したりすることはほとんどない。学力はやはり低く、部活動も経済的理由で加入できなかった。けれども、3年間、無欠席、無遅刻、無早退で過ごす芯の強さも備えていた。



自己肯定観の芽生え
 当然、高卒での就職を希望し、まじめに活動した。しかし、おとなしい印象の彼女は、アピール度が低いのか、9月の就職試験解禁以来2回続けて落ちた。3回目に、遅れて求人を出した地元の食品会社を受け、まじめさが評価され、ようやく内定を得ることができた。

 現在、就職して3年目の彼女は、時折、自分より年上のパートやアルバイト従業員への対応に苦しみながらも、正社員として同じ会社に勤め続けている。バスを2本乗り継いで通勤し、朝6時勤務開始の早番の日は始発のバスで通っている。

 先日は、勤務先から1人選ばれて、漬物製造管理士の試験を受けた。学力には自信のない彼女だが、先輩社員に励まされ受験を決心したという。合格すれば、彼女が人生で初めて得た資格になる。

 高校を卒業し、正社員で働くことで彼女の自己肯定観が芽生え、少しずつ大きくなったようだ。最近の彼女は内面も外見も変わってきた。ヘアカラーもするようになり、目下の悩みは眼鏡を手離すために、近眼のレーザー治療をするか、コンタクトにするかということだ。2歳上の姉は高校卒業後半ば引きこもり状態だが、その姉を気遣って外出に誘ったりするようにもなった。

 不安定な家族関係や家庭環境に翻弄され、疲れていた彼女にとって、学力競争だけは少なくとも存在せず、似たような境遇の生徒が多い教育困難校での日々は、家庭から離れて「リフレッシュ」する場だったのかもしれない。そして、高校卒業は彼女の復活、つまり「リボーン」のスタートになったといえよう。

■大学や専門学校の無償化で解決できる問題ではない

 ここに挙げた2人は、決して、社会から熱望されているグローバル人材ではない。しかし、彼らは社会人としての役割を着実に果たし、これからの日本社会の基盤の一端を担っていくだろうことに疑いはない。幸運にも「教育困難校」で先述の5つの「リ」(リセット、リハビリ、リメディアル、リフレッシュ、リボーン)を実現できたからこそ、彼らの今がある。

 そして、一方では、「教育困難校」で無為な時間だけを過ごしている生徒が多数存在する。その存在は、将来の社会保障費の増大や治安の悪化を引き起こしかねないものであることも確かだ。

 現在の「教育困難校」の生徒を生み出した背景はいくつも考えられる。

 子どもの行動や学力に何かしらのつまずきがあっても気づけない、気づいてもそのケアができない学校という制度。家族関係を壊すことがわかっていても、それに従うしかない労働慣習と働く人を追い詰める労働環境。「個性の重視」や「多様性の尊重」と言いながら、実は急ぎ足で、しかも全員同じペースで進むことを強いる社会の風潮などだ。

 学力や、その他の能力不足の責任を家庭教育に帰し、それを支える責務を、地方自治体や教育機関に課そうとする表層的な法案で、解決できる問題ではない。また、大学や専門学校を無償化しても、高校在学中に先の5つの「リ」が実現できていなければ、教育の効果は期待できない。

 この春も、「教育困難校」に多くの生徒が入学する。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「教育困難校」問題の解決には何が必要なのか 警備資料/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる