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zoom RSS 【あの時・ビートルズ台風到来】(5)アリーナで洗礼を浴びた内田裕也「これがロックンロール」

<<   作成日時 : 2017/01/30 21:22   >>

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警備上の理由で武道館のアリーナには客席が設けられなかったが、2人の男がパイプ椅子を持ち込み、警官と並んでステージ前に陣取っていた。前座を務めた内田裕也(当時26)と尾藤イサオ(同22)だった。「本当は楽屋にいなきゃいけないんだけど、どういう訳か、裕也さんに連れられてねえ」(尾藤)。ステージに現れたビートルズはおもむろにチューニングを始めた。「ロックンロール・ミュージック」のイントロが鳴り響くと、内田はあぜんとした。

 「ビックリしちゃってさあ。まさかチャック・ベリーの曲で始まるとは思わないじゃん。4人でこんな音を出すんだって。演奏ミスも多かったけど、これがロックンロールって感じだった。ショックで口がきけなかったね」。全5公演とも“日本人最前列”でビートルズにかぶりつき、洗礼をもろに浴びた内田は「ロックンロール!」を自らの生き方と決める。

 前座は2人のほかに、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・ドリフターズらが務めた。日劇ウエスタンカーニバルでコンビを組んでいた内田と尾藤には、レコード会社(東芝音工)が同じだった縁で声が掛かった。「当時のグループサウンズはみんなビートルズのまねだったけど、本物の前では出来ないって断ってたんだよ。オレはそんなことより絶対やるって言ったの。ミーハーな少年のような気持ちだね」(内田)。ステージでは4人の来日記念に作った「ウェルカム・ビートルズ」という新曲も披露。尾藤は「日劇は3000人だったから1万人の歓声ってすごいなって実感した」と振り返る。

 すっかり4人に夢中になった内田は「メンバーにプレゼントしよう」と尾藤を連れて銀座の洋品店へ急行し、ストライプのシャツを4枚購入。武道館1階にあった日本人用の控室を抜け出し、4階のビートルズの楽屋まで数メートルという所まで近づいたその時、キョードー東京のスタッフが鬼の形相で飛んできた。「何やってるんですか!」と制止されても、内田は「会わせろよ!」と引き下がらない。小競り合いは数分続いた。

 武道館では結局メンバーには会えなかった内田だが、ビートルズ解散後、雑誌の企画でオノ・ヨーコをニューヨークの自宅に訪ねた際、ジョン・レノンと初対面を果たす。「『オレ、オープニングアクトで出たんだよ』って言ったら『ワーオ!』って。同い年だし、お互い変わってるから盛り上がったね。ジョンはアルバム制作してたからスタジオで歌わせてもらったりしたな」

 ビートルズは66年夏を最後にコンサートから遠ざかり、70年に解散。ジョンはプライベートでは何度も来日したが、80年に凶弾に倒れるまで、再び日本のステージに立つことはなかった。(おわり)=敬称略=(この連載は安室朝雄、加茂伸太郎、高橋誠司が担当しました)

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