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zoom RSS 【あの時・ビートルズ台風到来】(4)加山雄三を羽交い締めにしたジョン

<<   作成日時 : 2017/01/30 21:21   >>

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 コンサート前日、東芝音楽工業(のちの東芝EMI、現ユニバーサルミュージック)の担当ディレクター・高嶋弘之は、同社専務の石坂範一郎と永田町の東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピタルホテル 東急)を訪れていた。ビートルズ来日から13時間が過ぎ、午後5時を回っていた。

 会社のあった溜池山王とホテルは、300メートルほどの距離にあった。周辺には厳重な警備態勢が敷かれ、700人の制服、私服警官に加え、鉄かぶとをかぶった50人のガードマン。「エライことになったな、と」。緊張感が張り詰め、異様な光景に映った。

 ホテルには加山雄三も同行した。「昔の日本人的な感覚で、日本のスターを外国のスターに会わせて、箔(はく)を付けようとなったんです」(高嶋)。3人は、裏にある専用エレベーターで10階に直行した。貸し切りになったフロア。エレベーターの扉が開くと、日本警備保障(現セコム)の警備員が1人いるだけだった。

 高嶋を先頭に、加山、石坂の順で部屋に入った。「我々は仕事で来ているから、雰囲気も表情も硬いわけですよ。それは、ビートルズも同じだった」。目の前にはリンゴ・スター、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニー…。「ジョン・レノンがいない?」

 その時だった。「ジョンが、我々の後ろからソーッとおどけるように出てきたみたいで。加山さんの後ろから手を回して羽交い締めにして、振り回したんですよね」。驚き、唖(あ)然とする加山に、ポールはおなかを抱えて大爆笑。空気は一変し、和やかなムードに包まれた。「たまたま遅れたのか、お出迎えのための演出だったのか。ジョンはエンターテイナーだな、と思いましたね」。続けて食事の予定だったが、高嶋、石坂はマネジャーのブライアン・エプスタインに別室に連れられ、今後のビジネスの話をすることに。残った加山とビートルズはすき焼きを堪能した。

 「ブライアンは科学者のような雰囲気でね。ニコリともせず、淡々と述べるだけ。彼には、私がいなかったら日本でのヒットもなかった―、とささやかに言いたいよね(笑い)」と高嶋。4人の帰国後、程なくして担当ディレクターを外れたが、武道館の熱狂を忘れたことはない。「どうやって座席までたどり着いたのか…。大事なところを、覚えていない(笑い)。それだけ気分が高揚して、興奮していたんだと思う」

 警備上の万全を期すために、武道館のアリーナ席は封鎖されている。いることのできないはずの“特等席”から、ビートルズに熱い視線を送る2人の日本人ミュージシャンがいた。=敬称略=

 ◆高嶋 弘之(たかしま・ひろゆき)1934年5月、神戸市生まれ。82歳。57年、早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。59年東京芝浦電気に入社。レコード事業部でシャンソンを手がける。カレッジポップスの生みの親として「ザ・フォーク・クルセダーズ」を送り出す。その後キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)取締役制作部長、ポリグラム・グループ(現ユニバーサルミュージック)のチャペル・インターソング社長を歴任。俳優・高島忠夫は実兄。バイオリニスト・高嶋ちさ子は長女。

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