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zoom RSS デイヴィッド・オートー: 自動化で人間の仕事はなくなるのか?

<<   作成日時 : 2017/01/23 16:39   >>

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ひとつ驚くべき事実があります 45年前に ATM ― あの現金の自販機が 導入されて以来 アメリカで雇用されている 銀行窓口係の数は おおよそ2倍に 25万人から50万人に 増えていて 1970年に25万人だったのが 今では50万人 2000年以降だけでも 10万人増えているんです

ボストン大学の経済学者 ジェームズ・ベッセンが 最近出した本で 明らかにされたこの事実は 興味深い疑問を提起します その人たちは いったい何をやっているのか? なぜ自動化によって そういった仕事がなくならないのか? 考えてみれば 過去200年における 偉大な発明の多くは 人間の労働を 置き換えるためのものでした トラクターは人間の肉体労働を 機械の力で置き換えるものとして 作られました 組み立てラインは ムラのある人間の手作業を 機械の正確さで 置き換えるため考案されました コンピューターは 間違いの多い手計算を デジタルの完璧さで置き換えるべく 生み出されました これらの発明は大成功でした 私たちはもはや 手で溝を掘ることも 鍛鉄から道具を 打ち出すことも 紙の帳面で簿記をすることも なくなりました それでも労働市場で雇用されている アメリカ成人の割合は 2016年の今 125年前の1890年よりも 高くなっており その間10年ごとに ほぼ上がり続けているのです

これはパラドックスを提起します 機械がますます人間に代わって 仕事をしている中で なぜ人間の労働が余計になったり 人間のスキルが廃れたりしないのか? どうしてまだ こんなに仕事があるのか?

(笑)

今宵はどうにかこの疑問に 答えようと思います その過程で それが仕事の未来に 対して持つ意味合い また自動化が我々の社会に 提起する問題 しない問題について 話したいと思います

なぜこんなに沢山の 仕事があるのか? これには2つの基本的な 経済学原理が関わっています 1つは人間の才覚や 創造性に関するもので もう1つは人間の 飽くことを知らない どん欲さに関わるものです 1番目のものを 「Oリングの原理」と呼びましょう これは人間がする仕事の種類を 決めるものです 2番目の原理は 「足ることなしの原理」です これはどれだけ多くの仕事があるかを 決めるものです

Oリングの話から始めましょう ATM (現金自動預け払い機)には 銀行窓口係の雇用に対し 相殺する2つの効果がありました ご想像の通り それは多くの窓口係の作業を 代替することになり 支店あたりの窓口係の数は 3分の1減少しました しかしまた 銀行は新たに支店を開くコストが 安くなったことに気付き 同じ時期に 銀行の支店数は 40%増加しました 総数としては支店数とともに 窓口係の数も増えたのです しかし窓口係の仕事内容も 少し変わりました 日常の業務として 現金受渡の作業は減って 出納係よりは セールスマンのような 仕事になりました 顧客との関係を築き 問題を解決し クレジットカードや ローンや 投資といった 新しい商品を紹介するようになったのです 窓口係の仕事は より頭脳が要求されるものになりました ここにはある一般原理が 働いています 我々のする仕事の多くは 多様なスキルを必要とします 頭脳と筋力― 専門技術と経験の勘 エジソンの言うところの 努力とひらめき 通常そういった仕事の一部分を 自動化することで 他の部分は不要になりません むしろ その部分が より重要になります 経済的価値が高くなるのです

際だった例をお話ししましょう 1986年 スペースシャトル・ チャレンジャー号が 発射から2分もせずに爆発し 破片となって地上に落下しました 調査の結果分かったのは 爆発の原因は補助ロケットの 安価なゴム製Oリングにあり 前の夜に発射台で凍り付いて 発射直後に破滅的な故障を 来したということです この数十億ドル規模の事業において 単なるゴム製Oリングが 計画の成功と 7人の宇宙飛行士の悲惨な死とを 分けることになったのです 「Oリング生産関数」は この悲劇的な状況の 巧妙なメタファーとして ハーバードの経済学者 マイケル・クリーマーが チャレンジャー号事故の後に 名付けたものです Oリング生産関数は 仕事を 連動する 一連のステップ 鎖の輪として 捉えるものです 計画の成功のためには すべての鎖の輪が機能する必要があります どれか1つでも壊れると 計画・製品・サービスの全体が 墜落することになります この危うい状況には 驚くほどポジティブな意味合いがあります 鎖の輪1つの信頼性を 改善することは 他の鎖の輪を 改善することの価値を 高めるということです もしほとんどの鎖の輪が 脆く壊れやすいとしたら 自分の鎖の輪の 信頼性が高いかは さして重要ではありません どのみち どこかが 壊れるでしょうから しかし他の鎖の輪がみんな 堅牢で高い信頼性があるとしたら 自分の鎖の輪の重要性は より本質的なものになります 究極的にはすべてが そこにかかることになります Oリングがチャレンジャー号にとって 要となったのは 他のすべてが完璧に 機能していたからです もしチャレンジャー号が 宇宙時代における Windows 2000のような 代物だったとしたら ―

(笑)

Oリングの信頼性など 問題にならなかったでしょう どうせクラッシュするんだから

(笑)

より一般的な話として 言えるのは 我々のする仕事の大部分では 人間がOリングだということです ATMは確かに 現金受け払いの仕事を 窓口係より速く うまくこなしましたが それで窓口係が不要になる ことはありませんでした むしろ窓口係の 問題解決力や 顧客との関係が 重要性を増したのです 同じ原理が 建物の建設や 患者の診察や手当 教室一杯の高校生への 授業などにも 当てはまります 道具が進歩し テクノロジーが 梃子として働くことで 人間の専門技術や 判断力や創造性が より重要になるのです

それが第2の原理に繋がります 「足ることなしの原理」です こうお思いかもしれません 「Oリングは分かった 人間の仕事が重要になる 機械にはできないが 必要な仕事があるんだと しかしそれは必要になる仕事の量については 何も言っていない」 何かについて 生産性が十二分に高くなったら その仕事から 人々が抜けていくのは 自明のことでは ないでしょうか? 1900年には アメリカの雇用の40%は 農業でした 今日では 2%未満です なぜ農業従事者が そんなに減ったんでしょう? みんなの食べる量が 減ったからではありません

(笑)

1世紀に渡る 農業生産性の向上により 今や2百万の農家が 3億2千万の国民を 食べさせられるようになったのです 驚くほどの進歩ですが これは農家に多くのOリング的な仕事が 残されたことも意味します だから確かにテクノロジーは 雇用を減らします 農業はその一例に過ぎません そういう例は他にも沢山あります しかし1個の製品・サービス・ 産業に当てはまることが 経済全体にも当てはまる わけではありません 現在人々の働く産業の多く 医療や健康 金融や保険 電子やITといったものは 100年前には存在しなかったか ごく小さなものでした 私たちが多くのお金を 使っている製品 エアコン SUV コンピューター 携帯機器といったものは 100年前には とんでもなく高価か あるいは発明されても いませんでした 自動化により使える時間が増え 可能なことの範囲が広がり 新しい製品・アイデア・ サービスが生み出され それが私たちの関心を引き 時間を占有し 消費を促すようになりました くだらないものが多いと 思うかもしれません 究極的なヨガ 冒険ツアー ポケモンGO・・・ それは認めます でも人々はそういったものを欲しがり そのために熱心に働きます 2015年の平均的な労働者が 1915年当時の平均的な 生活水準を得るためには 1年の3分の1 17週 働くだけでよいのです しかし多くの人は そうはしません 技術の賜を 手にするために 熱心に働くのです 物質的豊かさで 心理的な不足感が消えることはありません 経済学者ソースティン・ヴェブレンが 言うように 「発明は必要の母」なのです

さて この2つの原理 「Oリングの原理」と 「足ることなしの原理」を 認めてもらえるなら 仕事がなくならないのも うなずけるでしょう では心配することなど 何もないのでしょうか? 自動化 雇用 ロボット 仕事・・・ すべては自ずと うまくいくのでしょうか? いいえ それはまた別の話です 自動化は より少ない時間で 多くの仕事ができるようにすることで 富を生み出します しかし その富を 人間がうまく使うと保証する 経済法則はありません それは懸念すべき点です 2つの国 ノルウェーとサウジアラビアを 考えてみましょう どちらも石油のおかげで 豊かな国です 地面の穴から お金が 吹き出しているようなものです

(笑)

しかし両者が国民の繁栄のために その富を同じように使っている わけではありません ノルウェーは民主主義が うまくいっている国です 概ね国民は互いに うまくやっており 国民幸福度ランキングでは 大概1位から4位の間にいます サウジは絶対君主国で 多くの国民に栄達の道が 開かれてはいません 国民幸福度ランキングは 35位あたりで あのように豊かな国にしては 低い順位です 比較として アメリカがいるのは 12位か13位あたりです ノルウェーとサウジの違いは 豊かさでも テクノロジーでもなく 社会制度です ノルウェーは 機会が開かれていて 経済的移動性のある社会を 作るために投資してきました サウジでは 生活水準は上がりましたが 多くの国民は 不満を持っています 2つの国は どちらも豊かですが 同じようにうまくやっている わけではありません

これは我々が 今日直面する問題 自動化がもたらす問題を 思わせます 問題は仕事が なくなることではありません アメリカではグレート・リセッションの 最悪の時期から 雇用が1400万増えています 問題は 多くの職は 良い仕事でなく 多くの人には 新たに生まれる良い仕事に就ける スキルがないということです アメリカや その他の多くの 先進国における雇用の成長は 両端の重みが増していく バーベルのようです 一方には 高学歴・高収入の仕事 医師 看護師 プログラマー エンジニア マーケティングやセールスの 幹部社員といった仕事があります 雇用は堅調で成長しています 同様に 低スキル・低学歴の仕事もまた 雇用が増えています 食品サービス 清掃 警備 介護などです 他方で 中学歴・中収入な 中流の仕事が 縮小しています 工員や職人といった 労働者や 事務やセールスといった 事務職です この中間部の縮小は 不思議なことではありません そういった中間的スキルの 仕事の多くは よく分かっている ルールや手順に従っており それがソフトウェア化されて コンピューターで実行されるように なっているからです この現象が作り出すのは 経済学者が「雇用の二極化」 と呼ぶ問題で 経済の梯子の段が 取りのけられ 中間層が縮小し 社会の階層化が 進むということです 高収入・高学歴の 知的職業に就く人が 興味深い仕事をする一方で 多数の人は低収入の仕事をし その主な責務は 裕福な層が快適で 健康的であるように世話をすることなのです これは私の考える 進歩の姿ではありません 皆さんもそうでしょう

しかし心強い話もあります 私たちは過去に同じように大きな 経済的転換に直面しており それをうまく 切り抜けてきたのです 1800年代末から 1900年代初めにかけて 自動化によって農業の仕事が 大幅に減りました トラクターを思い出してください 農業州では大規模な失業の危機に 直面しました 1世代の若者達が 農場で必要とされなくなり 工業に従事できる 準備もできていません この問題に対して 彼らは大胆な施策を取り 若い世代全体に 16歳まで学校に残り 教育を受けるよう 求めたのです これはハイスクール運動と呼ばれ 極めて高く付くことでした 学校への投資が 必要なだけでなく その若者達が 働けなくなるからです これはアメリカが20世紀にした 最良の投資であったことが 分かりました 世界でも最もスキルの高い 柔軟で生産的な労働力を 手にすることになったからです これがいかにうまくいったか 理解するには 1899年の労働者を現代に 連れてきたところを想像するといいです いかに頑丈な体を持ち 良い性格をしていたとしても その多くは基本的な読み書きや 数理的なスキルを欠いていて 最も単純な仕事以外はできず 大部分が雇用不適格でしょう

この例が示しているのは 我々の制度 特に学校の優位性であり それが技術的繁栄の実りを 収穫できるように してくれたのです

何も心配することはない などと言うのは馬鹿げています 我々がやり方を間違うことは 十分あり得ます もしアメリカが 1世紀前のハイスクール運動で 学校やスキルに 投資していなければ これほど繁栄はしておらず 経済移動性も低く ずっと不幸な社会になっていたでしょう しかし我々の運命は閉ざされている と言うのも愚かなことです 運命を決めるのは 機械ではなく マーケットでさえありません 運命を決めるのは 我々自身と 我々の制度なのです

私はパラドックスから 話を始めました 機械がますます人間の仕事を するようになっているのに どうして人間の労働やスキルが 余分なものにならないのか? 経済的・社会的な地獄への道は 我々自身の偉大な発明によって敷かれているのは 自明なことではないのか?

歴史はこのパラドックスに 繰り返し答えてきました 答えの1つは テクノロジーが梃子として働き 人間の専門知識 判断力 創造性の 付加価値や重要性を 高めるということ Oリングです もう1つの答えは 人間の尽きることのない創意と 果てなき欲求のため 決して満ち足りることが ないということ 常に新たな仕事があるのです 技術が変化する速さへの対応は 難しい問題を生み出し そのことは 労働市場の二極化や それが経済的移動性を脅かす様に 見て取れます この困難を越えることは 自動的に出来ることでも コストなしに できることでもなく 容易ではありませんが 可能なことです そして明るい話もあります 驚くべき生産性のお陰で 我々は豊かです アメリカが100年前に ハイスクール運動でしたように 我々自身や子供達に投資することは もちろん可能です むしろ しないことは 許されないでしょう

こう思っているかもしれません オートー先生は 明るい話を 遠い昔や 少し前や 現在については しているかもしれないけど 未来のことは 言っていない 今回が違うことは みんな知っているから 今回は違うんですよね? もちろん今回は違います 毎回違っているのです 過去200年間に 数え切れないくらい 学者や活動家達が 警告してきました 仕事がなくなり 我々は用済みになると たとえばラッダイトが 1800年代初めに 米国労働長官ジェームス・デイヴィスが 1920年代半ばに ノーベル賞経済学者ワシリー・レオンチェフが 1982年に言っています そしてもちろん 現在の多くの学者 評論家 科学技術者 マスメディアの人々が 言っています

そのような予言は 私には傲慢に思えます そういった自称予言者達は 実質的にこう言っているのです 「人々が将来どんな仕事をするのか 私に考え付かないなら 世の人々にも 子孫達にも 考え付かないだろう」 人類の創意に対して そのような賭けをする肝っ玉は 私にはありません 何百年先に人々が どんな仕事をしているか 私には分かりません しかし未来は私の想像力に かかっているわけではありません 私が1900年の アイオワ州の農民で 21世紀から経済学者が 私の畑にテレポートしてきて言ったとします 「ねえ お百姓のオートーさん この先100年の 生産性向上によって 農業雇用は40%から 2%に減るんだよ 他の38%の人たちは 何を仕事にしていると思うね?」 私はたぶん こうは言わないでしょう 「ああ そりゃアプリ開発とか 放射線医療とか ヨガのインストラクターとか 絵文字デザインとかかな」

(笑)

私には見当が付かないでしょう しかし こう言える知恵が あればと思います 「すごいね 農業人口が95%減って 食糧不足にならないなんて すごい進歩だ その繁栄によって 人類が何かすごいことを やってくれることを望むよ」

そして概ねそうなっていると 私は思います

ありがとうございました

(拍手)

これはあまり耳にすることのないパラドックスですが、1世紀に渡り人間に代わって仕事をする機械が作られてきたにもかかわらず、アメリカで仕事に就く成人人口の割合は過去125年の間増え続けているのです。どうして人間の労働が余計になったり、人間のスキルが廃れたりしないのでしょう? 仕事の未来に関するこの講演で、経済学者のデイヴィッド・オートーが、なぜ未だこんなにも多くの仕事があるのかを問い、驚きと希望に満ちた答えを出します。 ( translated by Yasushi Aoki , reviewed by Masako Kigami )

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