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zoom RSS マイケル・ジャクソンの邸宅の秘密:トーマス・ドルビー、浮世離れした邸宅内部の様子を語る

<<   作成日時 : 2016/10/10 21:15   >>

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『彼女はサイエンス』の作者、トーマス・ドルビーがキング・オブ・ポップと過ごしたある晩を回想した。彼が新たに出版する回顧録にも書かれたこの出来事は、『スリラー』がリリースされた頃の話である。

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トーマス・ドルビーはイギリスのソングライター&プロデューサーであるが、ユニークなエレクトロ・ポップ曲『彼女はサイエンス(原題:She Blinded Me With Science)』(1982年)がヒットしたことで有名である。ドルビーの新しい回顧録によると、その曲のヒットは彼の30数年間の輝かしいキャリアの中のほんの一瞬の出来事にすぎないことがはっきりする。回顧録『The Speed of Sound: Breaking the Barriers Between Music and Technology』(2016年10月11日発行)の中でトーマス・モーガン・ロバートソン(トーマス・ドルビーの本名)は、ギャング・オブ・フォーのためにミキサーの前に座って仕事をしていたことや、ジェリー・ガルシアとコラボした際、彼に音声が強化されたインターネットというものを教えてあげたエピソードなどを披露している。本稿は彼の回想録の中から特別に一部先行公開を許可されたもので、彼が敬愛した友人であり、(自称)共作者であるマイケル・ジャクソンとの80年代初めの夢のような出会いについてドルビー自身が語っている。

私はリムジンのドライバーに行き先を書いたメモを渡した。外は真っ暗で、激しい雨が降り続いていた。ドライバーはメモに書かれた住所を見ると「マイケル・ジャクソンがこの住所に住んでいるんですか?」と肩越しに尋ねた。

「ああ、そうさ。今からそこへ行くんだ」と私は答えた。ドライバーはバックミラー私の方をちらりと見やった。私の同乗者たちは少し驚いたようだった。

目的の住所へ到着すると、頑丈そうな鉄の門の前で車を停めた。ドライバーがインターホンを鳴らした。私はドライバーに私の名前を告げるように伝えた。「トーマス・ドルビーさんがマイケル・ジャクソンとお会いになるとのことでお連れしました」。しばらくして門が開いた。我々はここで降りて徒歩で行く、とドライバーに告げた。ここにいる全員を連れて行くのは正直言って気が引けた。キャピトルのお偉方たちは怪訝な様子だった。それでも私はリムジンを降り、ヘッドライトに照らされた車寄せの水たまりを避けてよろめきながらも歩き始めた。大きなガラス張りの警備員詰め所を通り過ぎる時、中の様子がうかがえた。詰め所の中では制服姿の2人の警備員の顔が、監視カメラ映像を映し出すスクリーンに明るく照らされていた。彼らは私に向かって手振りでそのまま道を進むように促した。私はそれに手を振って応えたが、その時彼らの背後にある棚にセミオートマチックの銃がちらりと見えた。建物は想像以上に遠かった。

マイケルの荘厳な邸宅の様子は?
マイケルの荘厳な邸宅には噴水があり、砂利を敷き詰めた車回しもあった。重々しい玄関の扉はガラスで縁取られ、クリスタルのシャンデリアに照らされた広い玄関ホールが透けて見えた。玄関ホールは大理石フロアで、両側にバスビー・バークレー・スタイルの螺旋階段が見える。私は玄関ベルの綱を引いて鳴らし、びしょ濡れのTシャツとジーンズ姿で待った。私はてっきり執事かお手伝いさんが応対するものと思い込んでいた。ところがしばらくして現れたのは、ピンクのレジャースーツに身を包み、らせん階段を悠然と降りてくる小柄な人物だった。大理石のフロアを横切り近づくその人こそ、「彼」だった。

玄関先に水たまりを作って立ちつくす私の前でドアが開いた。マイケルは笑顔で私を迎え、玄関ホール奥の小さなバスルームを指差した。洗面台の横に山積みされたペーパータオルを使って濡れた髪を拭い、ずぶ濡れの服の水気をできる限り吸い取った。

私がバスルームから戻ると、マイケルは玄関ホール中央部の豪華なシーティングエリアのそばで待っていた。「座りましょう」と彼はクッションのきいた革張りのソファへ私を導いた。私がソファに腰を下ろすと、マイケルは宝石が散りばめられた中世の巨大な玉座に座った。玉座はとても大きく、マイケルはよじ登るようにしてようやく腰掛けた。彼の両肘はかろうじて肘掛けに届くといった感じで、明らかに大柄な人(おそらくヘンリー8世?)のために作られたものだった。玉座に腰掛けたマイケルは、さながら彼自身をかたどったアクションフィギュアのようだった。

部屋を見回すと、興味をそそられる高価そうな美術品がずらりと並んでいた。純金のマントルピースの上に置かれたガラス鐘に入ったヴェネツィアン・クロック、アライグマのはく製、ビーダーマイヤーのゲームテーブルの上の中国象牙のチェスセット、その隣には台座に乗せられたダース・ベイダーのヘルメット。レジャースーツに身を包み、玉座に腰を落ち着けたマイケルが口を開いた。「気に入ったかい?」

「私は星占いなんて信じない人間ですが、12星座のうちから選ばれた私と同じ星座の人間が、今ここにいる私のようにラッキーな時を過ごしているとは思いません」と、私は答えた。

「シンボリズムは好きだよ。とてもシンボリックだね。例えば僕は乙女座だけど、乙女座のシンボルは正に僕のイニシャルM.J.みたいでしょう。マイケルはメモ帳を取り上げ、書いて見せてくれた。彼のメモ帳には、さまざまな言葉や歌詞の一部のようなものがランダムに走り書きしてあった。私と同じだ。

「いつも頭の中にはメロディや歌詞が浮かんでいるんですか?」
「いつも頭の中にはメロディや歌詞が浮かんでいるんですか?」と私は聞いてみた。

「毎日何かしら書いているよ。そして踊ってみるんだ」とマイケルは答えた。その時初めて彼の目がはっきりとした茶色であることに気づいた。「その後はビデオゲームだね」。ふたりは同時に笑いあった。

今度はマイケルが私の曲『彼女はサイエンス』で表現したグルーヴについて聞いてきた。「あれはシモンズの電子ドラムかい?僕はあれにハマっていてね。上に1セットあるよ」。

「そうです。あれはSDS5sです。でも私はそれをPPG Waveコンピュータというとてつもない機械と連動させたんです。そのコンピュータは元々タンジェリン・ドリームのライトショーのために開発されたものです」。

「タンジェリン・ドリームは好きです! ロイ・シェイダーが出ている『恐怖の報酬(原題:Sorcerer)』のサウンドトラックは聴いたかい? あれは素晴らしい。僕の映写室に1本あるよ。そういえば、シンクラヴィアも持ってるよ」。彼の言うシンクラヴィアとは12万ドル(約1200万円)もする電子サンプリング・キーボードで、『今夜はビート・イット(原題:Beat It)』のイントロで使われている電子楽器のことである。

このような感じでふたりの会話はとりとめもなく進んだ。音楽制作のテクニックの話から、ニューイングランドのような紅葉がロサンゼルスでは見られずマイケルは寂しく思っていること、故郷を離れて過ごしたふたりの子ども時代のことまで、さまざまなことを話した。私はマイケルの見識や趣味の広さに驚かされた。彼はしっかり地に足が着いた人間で、とても気さくで話しやすかった。そして何より音楽に対する情熱は私と同じくらい持っていた。

その時は『スリラー(原題:’Thriller)』がリリースされて数ヵ月しか経っていなかったが、既に500万枚を売り上げていた。マイケルは私のアルバムの売れ行きについて尋ねた。「悪くはないです。今アメリカのチャートにランクインしたので、地元イングランドの音楽メディアはWイギリスではもっと売れるだろうWと言っています」と具体的なアルバム名などは避けつつ答えた。

「ただ信じ続けることだよ。ライバルよりも自分が上だと信じ、ほかの誰よりも自分はできるんだって信じ続けるのさ」
「ただ信じ続けることだよ。ライバルよりも自分が上だと信じ、ほかの誰よりも自分はできるんだって信じ続けるのさ。全体に夢を捨ててはいけないよ」とマイケルは私に言った。

私は彼の言葉にとても感動し、自分の中で勇気がこみ上げて来るのを感じた。ひと晩中、その邸宅の中には我々ふたりしか存在していないように思われた。1時間ほど喋った頃、私にとってはただでさえ初めてづくしだった夜が、さらに奇妙な展開を迎えた。

上の階の踊り場の手すりからいくつもの小さな顔が覗くのが、私の視界の隅にちらりと入った。見上げると、さっと消えた。しばらくするとまた顔が覗く。今度はさっきよりも大人数になっている。きゃっきゃという笑い声が聞こえた。ドアが開き、12人のWサイエンスWが120デシベルの大声を上げながら踊り場へ飛び込んできた。12の小さな顔が私の方をじっと見下ろし、欄干のすき間からこちらを指差している。

木曜の夜は近所の子どもたちを招いておもちゃのラジコンで遊ぶんだと、マイケルが説明してくれた。「さっきの笑いは何だったんでしょう?」と私は尋ねた。彼は笑いながら「君がテレビに出ている人には見えなかったみたいだよ」と教えてくれた。マイケルは子どもたちに手招きして呼び寄せた。すると、手に手におもちゃのトラックやレーシングカーを持った子どもたちがぞろぞろと階段を降りて来た。パジャマや部屋着を着た子どもたちは、私たちの足もとに敷かれたトルコ絨毯の上でトラックや電車を走らせながらはしゃぎ始めた。マイケルは玉座の上から、きかんしゃトーマスのほっそり重役さながらに子どもたちの様子を見守っていた。我々は会話を続けたが、マイケルはたびたび中断して子どもたちを注意していた。「ジミー、それはこっちへ持ってきなさい。ビリー、そんなことしちゃダメでしょ。ええと、僕らのおもちゃの話でしたっけ?」

「僕には子ども時代っていうのがなかったんだ」とマイケルは私に向かって言った。「ずっとツアーに出ていたからね」。それを聞いて私は、彼の父親や兄弟たちが家族の中で最も才能のあるマイケルをねたみ、いじめてからかっていたのではないかと思った。今度はマイケルが私の家族について尋ねてきたので、私は両親に愛されて育った幸せな子ども時代だったと答えた。ただ、私の父が職としていたいわゆる考古学者とはどのようなものなのかを、彼にわかりやすく解説しなければならなかった。

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